◇仕方ないのかなぁ


こんにちは。
ぐっと寒くなってきましたね。
私が今住んでいるのは温暖な地域ですが、流石に寒くなってきたのでセーターやコートを出しました。

そして、手持ちの秋冬の服を並べて、鏡の前で一人ファッションショーをしてみたんですよ。
去年はお気に入りだった服も、今年着てみると「なんか違う」って感じることはよくあるじゃないですか。

そしたら、びっくりしちゃった。
一昨年買った綺麗目のスカートなんですけど、去年も今年もコロナでほとんどお出かけしなかったから出番が無かったんですよ。
履いてなかったから気付かなかったわー。

スカートのウエストがキツくなっていたことに!(/ω\)


歳が歳ですから、コロナ太りなのか中年太りなのか分りゃしません。そもそも脂肪なのか内臓が下がっているのかも分からないんですもの。
分かっているのはウエストが苦しいという紛れもない事実と、そして仰天するほどピンクベージュが似合わなくなっているという事実。
不思議ですよね。ちゃんと店頭で試着して、似合っていたから買った服だったのに、2年やそこらですっかり印象が変わってしまうだなんて。


以前かよっていた和裁教室で、人生の大先輩から、

「50歳を過ぎてから買った服は70歳になっても着れるから、質の良いものを買いなさい。50歳を過ぎると似合う服は変わらなくなるから、長く着れる服が揃っていれば、もう買い物しなくてよくなるのよ」

とアドバイスを頂いたのですが、私は40代半ばなのでまだまだ変化するお年頃ということでしょうか。


変化といえば、誰からも気づかれないかもしれませんが寄稿記事のサインを変更したんですよね。

以前は、自己紹介文の冒頭に「ネットウォッチャー」と書いていたのですが、それを消して、単に「Flat9~マダムユキの部屋 管理人」だけにしました。

何故かというと、もうネットウォッチャーというほどネットをウォッチしていないからです。


最近はもう、見るべきネットの事件なんて無いじゃないですか。
本人の意図に反して炎上する不用意な一般人は見かけなくなったし、目立つためにわざと炎上を仕掛けていた炎上系インフルエンサーはすっかり時代遅れになりました。

そして何より、最近では炎上の元凶になった人が、火種を撒き散らせていたのは自分自身だというのに、ちょっとでも批判が集まると、


「名誉毀損で訴える!」

「バッシングするなんてひどい。私は傷ついた。私を叩いた奴らと、それを黙って傍観していた皆んなのせいで追い詰められて、わたし死ぬわよ。本当に死んでもいいの? 
もし私が死んだら、あんたたちのせいよ。この人殺し!」


と脅し始めるようになったから、もうおっかなくって誰も何も言えません。


思えば、以前は楽しかったな。
2年くらい前までは、しょっちゅう誰かが何かしらのバカをしでかして盛大に燃えていました。炎上系インフルエンサーとその取り巻き連中も、今よりずっと元気でしたよね。

色っぽい事件もちょくちょく起こってましたね。
不倫の末に痴情のもつれで炎上しちゃった人たちは、今頃どうされているのかしら。


もちろん、今だってちょっとしたことは起こっていますよ。
けれど、もう以前のようにどおん!という派手な爆発音と共にぶぁあっと火柱が立って、Twitterの空色が茜色に変わって見えるような規模の炎上は、見られなくなりましたね。

炎上はTwitterの華という時代は終わったのでしょう。


転換点となったのは、Hagexさんの刺殺事件と、木村花さんの自死ですね。
あと、はあちゅうさんが誹謗中傷とはとても言えないようなものまで訴えまくっている濫訴の影響もあるのかな。


痛ましい事件があり、それに対する反省と反撃があり、それで、ネットの言論空間って少しは良くなったのでしょうか?

よく分かりません。


先日ワイドナショーを見ていたらNMB48の渋谷凪咲ちゃんという若いアイドルの女の子が、

「今のTwitterは、ふと思ったことを気軽につぶやいていい場所ではない。
Twitterだけじゃなく、全てのSNSがそう。どんな反響があるのかを考えて、考えに考え抜いた言葉でないと出しちゃいけない。SNSが変わってきている」

というようなことをお話しされていて、なるほどとなと思わされました。


いつの間にか、ネットって素の自分を出してはいけないし、本音を見せてもいけない場所になりつつあるようです。

自由って、いいことばかりじゃないのでしょうね。
今まで何の規制もなかったばかりに、フェイクニュースや陰謀論が蔓延したり、分断が広がったりもしていたわけですから。


私は人間のどうしようもなさが好きだから、それを眺めていられる場所としてネットが好きだったけど、炎上がなくなれば野次馬もできません。
仕方ないですね。全てのものは変化し続けるのだもの。


そんなわけで、自称に過ぎませんでしたが「ネットウォッチャー」の肩書きは下ろしました。
今はただの「ブログ管理人」ですが、これからもネットの隅っこで人間観察は続けていきます。