◇蝶々さんがお元気だと聞きまして


こんにちは。
昨日は久しぶりに殺人的な暑さでしたが、今日も暑いです。

だけど、「夏が戻ってきた!夏ダァ!」という気持ちにはなりませんね。何故でしょう。日中は暑くても、朝晩は気温が下がって涼しいせいなのか、風が吹き始めたせいなのか、はたまた空が高いからか。


今年は盛夏をすっとばして、もう晩夏です。スイカをほとんど食べないまま夏が終わろうとしています。切ないですね。


先週から、ブログ書かなきゃなぁと思いつつ、なんとなく手がつけられませんでした。
友人の旦那様がコロナに感染し、重症化してしまって、死線を彷徨っているからです。旦那様が倒れて入院された時にDMで連絡を受け、入院したといっても医療設備の無いところと聞いて私もヤキモキしていましたが、その後高度医療を受けられる大きな総合病院への転院が叶い、現在はICUに入っておられます。
どうにか回復してほしい。

現在の状況では首都圏に差し入れ持って駆けつけるわけにもいかず、私に何ができるというわけでも無いのですが、気持ちだけは引っ張られますね。


そんな訳で、ここ数日は頭が働かず、本を読んで過ごしておりました。
ブログも後回しになっていましたが、私が意気消沈していても仕方がない。友人の話し相手をする以外、私にできることは無いのですから。


さて、子宮系の観察もあまりしていませんでしたが、山田ノジルさんが私にとって思い出深い小悪魔蝶々さんについて記事を出しておられたので、蝶々さんの思い出について今日は語りたいと思います。


ノジルさんの記事はこちらから→女神を自称するスピリチュアル教祖様に傾倒し、そして失望した一部始終


いやー、懐かしいなぁ、蝶々さん。記事では「ヒカル先生」ってなってますけど、蝶々さんですよね。
だって、私もかつて「エッセイスト蝶々」のファンでしたからね、分かりますよ、そりゃぁ。

ファンクラブに入るほどではありませんでしたが、蝶々さんの本を「全部じゃないけど大体は買う」程度にファンでした。
何が彼女の魅力であったかというと、文章のポップなリズム感と、綴られる言葉のポジティブさですよね。
蝶々さんの本は、内容はさておき、読んでいて明るく楽しい気持ちになれたんですよ。文才は確かでした。


「銀座小悪魔日記」や「ふたつの蜜月」は、今読んでも「体験記っぽいテイのフィクション小説」としてよくできていると思いますよ。







フィクションとして、ってのが肝心なところ。
問題なのは、これが蝶々さんの実生活、つまりはノンフィクションとして発表されてしまったところです。内容は全部うそっぱちで、現実の彼女は自身の本に描かれているようなモテ女ではありません。
けれど、本を出版するにあたっての出版社の戦略だったのか、あるいは蝶々さんご自身が自分を世に売り込むにあたっての戦略だったのか、とにかく実態とはかけ離れた「元銀座ホステスでモテのカリスマ・小悪魔蝶々」が演出されました。


彼女がベストセラー作家になったのはこの本がきっかけです。



こちらの本も内容は嘘っぱち。というかですね、ここに出てくるモテテクニックは凡庸な一般論ばかりなのですが、蝶々さんの文才によって楽しい読み物に仕上がっているのです。

これがスマッシュヒットとなったことで、彼女はベストセラー作家として世間の注目を集め、ananなんかの女性誌でも特集されました。そして世に「小悪魔ブーム」が到来しましたよね。

小悪魔agehaという雑誌も隆盛を極めており、「夜の蝶」と呼ばれるキャバ嬢文化も華やかでした。


多分ね、こちらの本が出た時あたりが、モテのカリスマとしての彼女の最盛期。
初版が出たのは2008年だから、その頃です。




私はこの本が出た頃、首都圏にチェーン展開している大箱の書店に勤めておりました。
商業ビルのワンフロアぶち抜きの大きな本屋です。もう撤退してしまって跡形も無いけれど。

大きな規模の書店だったので、初回配本でこの本も50冊くらい入ったんですよ。けれど、発売前から予約がたくさん入っていて、最初に入荷した分は全冊予約で売れてしまい、店頭には並びませんでした。
そのくらい圧倒的な人気でしたね。

次から次へと出る彼女の本が勢いよく売れていた頃で、「女性・エッセイ」のコーナーの平台は、蝶々さんが埋め尽くしていましたよ。


けれど、ブームは去るもの。
「モテのカリスマ」として出す彼女の本は、どれも内容が似たり寄ったり。次第にネタも枯れるし飽きられます。
世間が小悪魔に飽き始めた頃から、彼女はスピリチュアル路線に大きく傾倒していくんですよね。

自分のことを「宇宙から来た高次元の魂」だとか「前世は巫女」だの「女神」だのと言って、「伊勢神宮に行くと天照大神の声が聞こえて気絶した」「体が発光した」とか、はたまた「(不自然な調理法だから)電子レンジが使えない」「(地面から浮いているのが自分にとって自然な状態なので)飛行機に乗っている時が一番体が軽い」とか、そんなようなことを本に書くようになりました。


当時は私もまだ素直だったので、伊勢神宮が大好きな蝶々さんの本を読み、お伊勢参りしてみましたよ。
普通に良かったです。信仰心の無い私のような者でも、神聖な気持ちになれました。
でも、それだけ。


私が蝶々さんに愛想を尽かしたのは、こちらの本がきっかけです。


女子の魂! ジョシタマ
よしもと ばなな
マガジンハウス
2010-02-25



本を読んだ感想は「ひっでぇ。なんじゃこりゃ?」でした。
蝶々は吉本ばななさんのことを「ばななたん♡」と繰り返し呼ぶ馴れ馴れしさで、同じ意識高い仲間として振る舞うのですけど、吉本さんが完全に引いているのが分かりました。

吉本さんの方では、「私はもう二度とあなたに会うつもりは無いので、遠くで幸せになってください」ということを、オブラードに包んでやんわりと言ってたりする訳ですが、蝶々は完全に1人で暴走してます。
痛々し過ぎて、「私が彼女の本を買うことは二度と無いな」と、ここで私は蝶々の本とはお別れを決めました。


でも、その後何年か経ってからだったかな。
「蝶々さんのこと昔好きだったけど、今は何をされてるのかな」とふと思い出し、検索してみて、ヒットしたブログに驚いたのですよね。

それは、銀座小悪魔日記の登場人物の1人である「キョウコ女王様」が、蝶々の秘密を暴露しているブログでした。蝶々に出鱈目ばかり書かれたことで名誉を毀損されたと憤懣やる方ないご様子でした。

キョウコ女王様の写真を見ただけで、銀座小悪魔日記がただのフィクションであったことが分かります。だって、「アンドロイド美女」として描かれていたキョウコ女王様の実物は、美女どころか普通のおばちゃんだったのですから。


そして、さらにネットを調べると、蝶々さんご本人が登場する動画も見つけることができました。
動く彼女は「変な顔」でした。少なくとも、私が知っている蝶々さんではありません。
本の表紙に載っていた彼女の写真は、いい感じに撮れた「盛れてる写真」に、フォトショ職人の方が更なる修正をかけていたのですね。だから、彼女の姿が掲載される本や雑誌によって微妙に顔が違うのです。

何より、喋る彼女は暗かった…。
あのポップでポジティブな文章を書いた人だとは思えないほど、陰気なのです。
動画を見て、私は

「まあ、現実なんてこんなものかも知れないな」

と思いました。


その後しばらくは見ることも思い出すこともありませんでしたが、出産されて本を出された時に、書店の新刊台で見つけて、「へぇー、子供産んだのか。自分は宇宙から来た魂だから、子供は産めないって言ってなかったっけ?」と、笑っちゃいましたね。

こういう人って、自分が言い出した設定を忘れちゃうみたいで、設定がコロコロ変わります。

未婚での高齢出産ということにも、「そもそも銀座小悪魔日記では、早く自分も結婚して出産したいって書いてなかったっけ?」と思いを馳せました。
全然望みの叶わない人生だなと。


そこから先の彼女を知らなかったのですが、ノジルさんの記事を読んで、出産後は「神の子を産んだ」とのたまっていると知って驚きましたよw

自分の子どもについてひたすら語り、「●ちゃんは、頭から金粉を出すの!」「●ちゃんは地球の救世主のうちの一人なの!」「神の子とか言うと、この地球では、すぐに自慢! と嫉妬されるの!」と……。


すごいなw

一応モテのカリスマとして売り出していたので、「私は特別な存在だから、モテ過ぎて嫉妬される」程度のアタマオカシイ感は許されるとして、これはいかんやろ。

母親に利用されて、娘さんがちゃんと育つか心配ですね…。


それにしても、シングルマザーでどうやって子育てしていくのかなと思っていたら、活動休止していた信者ビジネスに戻ってしまうのですね。信者からお金を絞り取るのが、結局一番簡単なのでしょう。


ブログを書いて、生き様を発信して、信者になった女性たちにセミナー、占い、サプリや化粧品、パワーストーンアクセサリーを販売するなんて、子宮系とやってることが丸かぶり。
というより、蝶々さんの方が先に始めているので、彼女が引いた女性向け信者ビジネスのレールを、さやりんご達が後から走っているのですけどね。


私が残念に思うのは、現在の蝶々さんのブログがクソつまんないところです。
現在の蝶々さんが書く文章は、「嘘やろ?!」ってほど完全に没個性。これがあのエッセイストとして大人気だった小悪魔蝶々の書いたものかと思うと悲しくなります。


売れてないので知られていませんけど、一応蝶々さんは文芸ジャンルで小説も出しているのですよ。


原色3人女
蝶々
小学館
2013-02-18



全然売れてませんけどね。
才能の限界を感じたところで、生きていくために商売を変えたのでしょうかね?

かつてエッセイストとしての彼女を好きだっただけに、残念なことです。