◇彼女がセックスに身をすり減らした中年でなく、普通のおばさんになってたらいいな


おはようございます。
本当は昨日ブログを書く予定でしたが、つい男子卓球団体の3位決定戦を見たり新体操予選を見たりして、ブログに手がつけられないまま1日が潰れてしまいました。

オリンピックが始まる前はどの競技にもさほど興味がなかったのに、いざ始まってみると、テレビ画面に映るアスリートの皆さんがあまりに美しくて、見惚れているうちに時が過ぎてしまいます。

私は趣味が良くないので、いつもはネット上で禍々しい偽物ばかりを観察しています。だからこそ、本物の感動や美しいパフォーマンスには心洗われる思いがするんですよね。

子宮系女子の皆さんにも、是非オリンピックを見て欲しいなぁ。
世界一を競う場で生まれる笑顔と涙を目の当たりにすると、いかに教祖たちの語る美が紛い物で、パフォーマンスがうすら寒いか嫌でも分かるし、自分がしているつもりのチェレンジや努力が噴飯ものだと気がついて、恥ずかしくなるに違いないから。
一瞬で目が覚めること請け合いです。


さて、今日の本題です。
紹介が遅くなってしまいましたが、寄稿記事が公開されております。
まだお読みでない方は以下のリンク先からどうぞ。

こちらから→ヤリマンで有名だった高校の同級生は色情狂だったのか、抑圧に傷ついた女の子だったのか〜愛人ラマン〜


私が高校生の頃に、ヤリマンとして他校でも超有名だった同級生が居たんですよ。
もうね、当時の高知市内の高校生はみんな名前を知ってたんじゃないかと思うほど、男の子たちの間では「やらせる女」、女の子たちの間では「他人の彼氏を寝取ろうとする要注意人物」として、名前を轟かせておりました。

記事に書いた通りなのですが、佐奈(仮名)は美少女ではないけれど愛嬌のある顔立ちをした普通の子で、中3でセックスを覚えるまでは優等生でした。

いや、ちょっと違うかな。
セックスを覚えてからも勉強はちゃんとしていたはずです。高校では成績上位のクラスに居たし、ちゃんと塾にも通っていましたから、退学になるまで学業成績は悪くなかったはず。

ま、塾でも男漁りに熱心だったと聞いていますが、どんなにセックスに溺れていてもやるべきことはちゃんとやっていたし、本当にやってはいけないこと(売春)はしていなかったので、キャバクラで働いて退学くらったりしていなければ、結構いい大学に入ってたと思います。

もったいないですよね。もっと器用に生きることができていればなぁ。


当時の私は若くて、というより青かったので、学校でセックス自慢ばかりしている彼女のことが嫌いでした。
何と言っても女子高生ですから、恋バナに花が咲くお年頃です。
同級生には可愛い女の子も多かったですし、彼氏自慢とかモテ自慢なら他の女の子たちも普通にしていましたよ。だけど、佐奈の話だけはまともに聞いていられなかった。

彼女の自慢話の内容は主にセックス、しかも乱行ですから生々しくてグロいのと、ヤリマンとして重宝されているだけなのにモテモテの人気者を気取るから鼻につく。何よりどこか痛々しさが漂っているので、いたたまれなくなってくるのです。

だから彼女が放校処分となったときには、「ざまあみろ。うっとおしいのが居なくなってスッキリした」というのが本音でした。
当時のクラスメイトでそう思った人は多かったんじゃないかしら。


もしも彼女が校内ヒエラルキー上位の美少女だったら、あんなトンチンカンな自慢話はしていなかったのかもしれません。
普通にしていたら地味で、目立つ個性や魅力のない女の子だったからこそ、「私はこんなにもモテてスゴイんだ」「あんたたちよりも大人の世界を知ってて偉いんだ」と誇示したかったのでしょうね。
あの病的なまでの性欲と自己顕示欲は何だったのでしょうか。


本人とは会って話す機会がないので真相は分かりませんが、当時は思いやりが持てなかった私も大人になったので、あの頃は彼女なりにそうせざるを得ない理由みたいなものがあったのだろうなと考えるようになりました。

もちろん、純粋にセックスが好きで、楽しいからこそ生理中も休まず毎日複数の男の子たちとセックスしていたのかもしれません。

それならいいのですけど、でも、そうじゃなかったのかもしれない。

セックスの中にしか満たされる瞬間がないほど、深い孤独や強烈なストレスを抱えていたのかもしれませんよね。

そんな彼女が今どうしているのか知る由もありませんが、もしも彼女が大人になる過程の中で孤独と抑圧を克服しているのであれば、今頃は案外ふつうのおばさんになっているんじゃないかと思うのです。


記事中で紹介したのはこちらの本です。



愛人ラマン (河出文庫)
マルグリット・デュラス
河出書房新社
2014-11-28



すごくないですか?この表紙のデュラス本人の顔。
美少女ではないんですけど、何とも言えない眼力というか色気というか、凄みがあります。
そして、文章から溢れ出る尋常でない自己愛には言葉が出ません。

私が高校生の頃に、この小説を元にした映画が話題になったのですよ。





私はてっきり、「愛人」という言葉は彼女を指していると思っていたのですが、大学生の時に本を読んで、実は逆なのだと知りました。

どういうことかというと、フランス占領下のベトナムで、15歳だったデュラスが大富豪の華僑の息子の愛人だったのではなくて、彼の方がデュラスの愛人だったと表現されているのです。

つまり、この本のタイトルは、彼女のことではなくて彼のことを指して「愛人〜ラマン〜」なんですよ。
そのことを知った時、



「かっ…、かぁっこいいー!!!(*゚o゚*)」



と、20歳だった私は痺れました。


どれほど大きなダイヤを贈られようと、なんど逢瀬を重ねようと、デュラスは全く愛人を愛しません。
むしろ抱かれれば抱かれるほど、「私はこの男を愛していない」という確信を深めるのです。

愛人の方は、どれほど尽くしても貢いでも征服してもデュラスの心がカケラも手に入らないので、絶望して泣き、廃人のように魂が抜けてしまいます。

抱かれても泣かれても全く男に情を移さない女、男に心を支配させず、男の優位に立てる女って格好よくありませんか?
普通の女は逆のことをしてしまいますからね。



デュラスは、経済的支援を受けたこの華僑の愛人のことを他の小説でも書いています。ですが、そちらでは決して体を許さず肉体関係は無かったことになっている。

金品と引き換えにセックスをしていたとあっては売春していたことになるし、いかに自分達家族が貧しく、相手は目も眩むような金持ちだろうと、蔑むべきシナ人に白人の少女が抱かれることは恥だったからです。
そのため、デュラスは絶対に彼とは寝ていないと家族に対して言い張っていました。

とはいえ、写真でも強烈な色気がプンつくほどなのですから、当時のデュラスは周囲がむせるほど女の匂いを発していたに違いなく、家族も気づいていたはずです。それでも建前が大事だったのでしょう。
だから、母親と兄弟が生きている間は本当のことが書けなかった。


「愛人〜ラマン〜」が発表されたのは、デュラスがもうすっかりお婆さんになってから。
母親と兄弟が先に死んで、やっと、実は15歳半の頃から愛人と激しい性愛に耽溺していたと書けたのです。


ところで今回の寄稿記事は、「この原稿って直さないで通るのかなぁ?」と内心不安に思っていましたが、何にも言われませんでした。
寄稿にあたっては、現代のコンプラに添うものを書くようにと言われているので、今とは時代背景の違う昔の話だとは言え、中高生のセックスについて書いてもいいんだろうかと。

「愛人〜ラマン〜」も、15歳半の女の子が金持ちの男の愛人になってセックスしまくる話な上に、占領していた側から見た植民地の話なので、人種差別的な表現が多々あります。今時のコンプラには間違いなく引っかかりまくりです。

昔の文学に現代のコンプラを持ち出していいものだろうかと私などは疑問に感じますが、「風と共に去りぬ」ですら問題になるような昨今ですから、もしかしたら「愛人〜ラマン〜」も、そのうち読めなくなる日が来るのかもしれませんね。