◇賢さの差が明暗を分ける


こんにちは。
忙しさにかまけて紹介が遅れてしまいましたが、寄稿記事が公開されておりますので、まだお読みでない方はどうぞ。

こちらから→インフルエンサーは職業になるのか 勘違いした若者と利用した若者のそれぞれの人生〜デス・ゾーン〜


今回の話は、仮名で書いてますが、読む人が読めば誰のことだかは一目瞭然でしょう。
高知に移住してきたプロブロガー・イケダハヤトと、当時その取り巻きだった若者たちの話です。


そういえば、イケハヤって今は何をしてるのでしょうね。
当時は「プロブロガー」でしたけど、もうブログを書いてませんよね。ユーチューバーも辞めたんでしたっけ?

私は彼の話題を自分から追いかけていないので、最近何をしているのかよく知りません。追いかけなくても、以前はTwitterを見ていれば自然と彼に関する話題が目に入ったものでしたが、最近は全然です。
はあちゅうさんもですけど、存在感がめっきり薄くなってしまいましたね。


さて、高知に来たばかりの頃はまだ人気者だったイケハヤ氏の周りには、色んな人間が集まっていました。
記事中に書いた若者たちもそうです。


記事中の小山くんには、このブログを作った際にお世話になりました。
ブログなんて誰でも作れるのでしょうけど、私は面倒なのと疎いのとで、広告を含めて全ての設定を小山くんにまかせ、私はただ記事を書けばいいだけというところまで整えてもらったのです。
まだ使い方に慣れないうちは、ちょいちょい家に来てもらっていましたね。

謝礼は最初に5000円くらいは払ったかな。
現金の謝礼よりご飯が食べたいと言うので、家でご飯を作って食べさせてあげたり、後は学生が入れないようなフレンチレストランや割烹でコースを奢ったりしてました。

彼はそんな調子で、他の大人たちからも労働の対価によくご飯をご馳走になっていましたね。
バイト代を現金でもらうと付き合いはそれっきりになりますけど、食事をすれば仲良くなりますから、そうやって彼は学生として甘やかしてもらえる立場をフル活用しながら、色んなものを吸収していたようです。
しっかりしてるし、ちゃっかりした子でした。


記事にも書いた通り、彼は最近ご結婚されて、お幸せそうなご様子です。
大手に就職したので、東京ではなかなか良い生活をしているらしく、すっかり洗練された大人の男性になっていますよ。
末長くお幸せに。


もう一方の野田くんは、イケハヤアシスタントとして一時期ネットで有名になった子です。
う〜ん。ここで彼の本名やあだ名を出すのは止めておきましょうか。彼もまだギリギリ20代ですから、未来があります。
とはいえ、30の大台はもう目前。ちゃんとした同級生たちは、とっくに就職していて、なんなら結婚もして子供もいて、マイホームを持っている人だって居ることでしょう。


けれど野田くんは、せっかく決まっていた就職を蹴って新卒フリーランスになってしまいました。
イケハヤアシスタントをしながらブログで稼ぐ、NPOの代表になる、狩猟家になる、農家になる、日本を一周する、飲食店を経営する、アーティストになる、コンサルをする、etc etc と言っていましたが、現在に至るまで、何一つ成果をあげていません。

あれほど気炎をはいていたのに、アーティスト活動はやめたようですね。根性が無いのでしょう。
というより、彼はいつも気分とノリで喋っているだけで、本気の志があるわけではない。
彼には本当にやりたいことやなりたいものがないからこそ、肩書きばかりがたくさんあるのだと思います。

もちろん、それが悪いと言うわけではありません。凡庸な人間とはそんなものですし、世の中ほとんどの人間は凡庸なのです。
そんな凡庸な学生がイケハヤと出会ったことで注目を集め、クラウドファンディングを成功させて事業資金を手にし、「超優秀な若者」だと煽てられたことで勘違いをしてしまったのが不幸でした。


仮に才気煥発な人間であっても、あまり若いうちから煽てられ、自惚れない方が良いのです。

私はこの年齢まで生きてみて思うのですが、例え見どころのある若者であっても、自分を特別視していて自惚れの強い人間は結局成功できません。あるいは、成功が長続きしません。

なぜなら、自分を特別だと思い込んでいると実力と人望を備えた大人になれないから。
確かにセンスはあったはずの若い子が、実力を養えず無駄に歳を重ねてしまう例が多いのは、下積みができないからだと思います。


人間は何を目指すにせよ、修行期間という土台が必要なのですよね。
なのに、自分をクリエイティブで特別だと思っている人は下積みのための労働や、生活のための労働の苦労を頭からバカにしてかかり、いきなり大きな手柄を立てようとするし、特別視されたがります。

ある種の才能はあっても謙虚じゃない人って結局はモノにならない。同期からは協力を得られないし、先輩には指導してもらえないし、後輩が付いて来ないから。

若い頃はいいんですよ。若いうちは生意気さも可愛いと思われて年長者から憎まれないし、大口を叩くような勢いや自信に溢れた態度って同年代の仲間を魅了するんです。
けれど、そうした傲慢な人が実績を残すことなく若さを失えば、ただの鼻持ちならない人間として嫌われるようになってしまうんですよね。

いつの間にか嫌われて、周りからすっかり人がいなくなった時に、自分の傲慢さを反省し、頭を下げられるかどうかが運命の分かれ道。

「すみませんでした」がちゃんと言える人や、偉そうにしないで一からやり直せる人には、世間も神様も案外優しいんです。手を差し伸べてくれる人も出てくるので、道が開けて再起できます。

でも、それができずに、あくまで「私は間違ってない。間違ってるのは周りの方」だとか、「俺様の才能を理解しない世間が悪い」と考えて、自分のプライドにこだわってしまう人は、残念ながらもう救えません。


私はアラフィフになりました。
これまで色んな人に出会ってきたし、友人知人との付き合いもいつの間にか長くなりました。
男だろうと女だろうと、才能があろうがなかろうが、つけあがることなく一つの道にコツコツ邁進してきた人や、一つの場所に腰を据えて踏ん張ってきた人は、いつの間にかそれなりに世間に認められる人物としてしっかり仕上がっています。

その一方で、自分の才能や魅力に奢って他人を見下し、労働をバカにしてきた人間は、歳をとった今「人並みの暮らし」さえできず、どうにもならない人間に堕ちています。


野田くんは元より「人並みの人生」なんて望んでいないでしょうが、そうはいっても彼はもう中年の入り口に立っています。これから周りとの差がどんどん開いていくのが目に見えていきますから、じわじわ精神的にキツくなるはず。
そのキツさに耐えることが、彼の愚かさへの罰なのかもしれません。


今回ご紹介した本はこちらです。





面白かったですよ。一気に読めました。
私は栗木さんの存命中、彼について多くを知りませんでした。

人気が出始めの頃に一度テレビのドキュメンタリーを見たことがあり、その時にはすごいなと思いました。
けれど私は山に興味がないので、それっきり登山家の青年については忘れてしまって、次に見かけたのは彼が凍傷を負ったニュースでです。
その後、彼が指を失ったこと、滑落して死亡したこともニュースで知りました。


私はTwitterをよく見ているので、栗木さんがいつのまにか人気者ではなく批判を集める存在になっていたことには気づいていましたが、どうしてTwitter上では彼に対して批判的な意見ばかりが目に入るのか、詳しい理由は知りませんでした。

彼の死後に出版されたこのノンフィクションを読んで、初めて詳しいことを知りました。
そもそも彼の登山が「単独無酸素」ではなかったことも…。


彼はあまりに早く人気を集め、あまりに簡単にお金も集めてしまいました。物事を深く考えるには、若過ぎたのかもしれません。


栗木さんは命を落としてしまったけれど、野田くんはまだギリギリですが20代です。
彼にはまだ変われる可能性があります。
限界集落で暮らしていくことが彼のしたかったことなのかどうか、本当のところは分からないけれど、もう今さら引き返せないのであれば、せめて何か一つでもいい。
農業でも狩猟でも何でもいいので、今いる限界集落でしかできないことに、腰を据えてコツコツと取り組み続けて欲しい。時間をかけて実力をつけ、実績を残す大人になって欲しい。
そうすれば、栗木さんとは違う結果が待っているはずです。