◇どんな形であれ幸せだったらいいけれど


おはようございます。
引越し準備中の為ちょっと紹介が遅くなってしまいましたが、寄稿記事が公開されております。


まだお読みいただいてない方はこちらからどうぞ→リベラルな価値観で育った日系イギリス人の女性が、なぜロンドンで肉じゃがを作らせる超保守的な男に恋をしたのか〜82年生まれ、キム・ジヨン〜


記事中の咲耶(仮名)ちゃんは、私がロンドンで暮らしていた頃最も仲良くなった友達です。
彼女は気さくな美人でした。頭が良くて、ベタつかずさっぱりしているところが大好きでした。

ただ、今にして思うと不思議なところがありました。


私は彼女と仲良くなってからというもの、彼女のフラット(アパート)に入り浸るようになりましたが、彼女は私と、私が連れてくる友達以外に女友達が居ないようでした。

私以外で彼女が仲良くしていたのは、ゲイのデビッド(仮名)です。
デビッドはしょっちゅう咲耶ちゃんに電話をかけてきて、私も含めて食事や夜遊びに誘ってくれていたので、私もゲイバーに連れて行ってもらって遊ぶなどし、色々と面白い体験をさせてもらえました。
それについては詳しく話すと脱線するので、また今度。


とにかく、彼女はとても魅力的な女性で、普通なら女友達が大勢いそうな人だったのに、実際にはほとんど友人たちとの付き合いがなかった。

恐らくですが、咲耶ちゃんは私と知り合う直前まで結婚の約束をした韓国人の彼氏と一緒に暮らしていたため、友人との交流がほとんど無かったのでしょう。
勉強もかなり忙しかったようだし、貧乏していたので遊ぶお金もあまりなかったとは思いますが、基本的に彼女はプライベートの時間を全てパートナーに捧げるタイプの女性だったのだろう思います。

彼女が私を快く家に招いてくれ、何かにつけ一緒に遊んでくれたのは、私と知り合った頃の彼女は遠距離恋愛が始まり、それまで彼と一緒に暮らしていた家の中で一人ぼっちになってしまったから。
彼が一足先に韓国へと旅立ってしまったので、ぽっかり開いた時間と空間を一時的に私が埋めていたのでしょうね。
当時の私は、彼女が年上だったこともあり、彼女のことをしっかりしていて自立した女性だと考えていましたが、実は寂しがり屋だったのだと今なら分かります。


私は、先輩を追いかけて韓国へ行った咲耶ちゃんから手紙の返事がもらえず、付き合いが途切れてしまったことをとても寂しく感じましたが、元々彼氏がそばにいると「女友達よりも彼氏が優先」になってしまう人だったのだと考えると、手紙の返事がもらえなかったことも不思議ではありません。
その予感はありました。あの頃の彼女はあまりに先輩一筋でしたから。

今みたいにSNSがあれば疎遠になっても繋がっていることはできたのでしょうが、電話と手紙でやり取りするしかなかった時代です。携帯電話も普及していませんでした。
遠く離れて、手紙のやりとりがなくなれば、それきりです。


10代から20代の頃って、人生の中で最も恋愛に熱中しやすい時期ですよね。女の友情よりも男との恋愛が大切になってしまうこと自体は、別に珍しいことではなかったです。
決して咲耶ちゃんが薄情だったわけではなく、むしろ普通でした。
1990年代の時代の空気は今とまるで違い、恋愛至上主義な世の中でもありましたしね。


また、男尊女卑の価値観も今よりしっかり根を張っており、女は男に尽くすことが当然であるとも考えられていました。イギリスではそんなことはなかったけれど、日本や韓国など東アジアの文化圏ではそうでした。
日本人である私自身も、例に漏れずその呪いにかかっていました。

けれど、日系とはいえイギリス人の咲耶ちゃんが、男女の付き合いに関して保守的であったことは不思議です。
空手の師範をしていた彼女の父親が、とても古風で厳格な人であったことが影響しているような気がします。人は外国で育とうとも、自分のルーツの文化の影響からは逃れにくいのかもしれません。


咲耶ちゃんと最後に会ってから、23年が過ぎました。
その間に私も様々な経験を重ねましたし、社会の常識も、人々の意識も変わったので、当然私の考え方もすっかり変わりました。

当時はモテまくりだった咲耶ちゃんの先輩のような人は、今なら完全に時代遅れのモラハラ男です。
逃げ恥の平匡さんのような人とは対極ですからね。ロンドンで肉じゃが作らせる男なんて、Twitterに居たらフルボッコにされそうじゃないですか?


先輩が披露してくれたモテエピソードの中には、アメリカでホームステイをした時に、その家の母親とも娘ともセックスしていたという親子丼自慢がありました。当時は愛想笑いを浮かべて聞き流していた話も、今なら「お前は単に倫理観の崩壊したクズだろうが、自慢になるかよ」とツッコミを入れられます。


もし親しい友人が彼のような男と結婚を考えていたら、全力で止めますね。
まだまだ男女平等が進んでいないとされる日本ですが、20〜30年前と比べれば、人々の意識、特に女性側の意識は大きく変わったと感じるこの頃です。


さて、今回記事中でご紹介したのはこちらの本。


82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)
チョ・ナムジュ
筑摩書房
2018-12-07



近頃は書店に行くと、韓国の小説が数多く売られていますよね。
映画やドラマだけではなく、小説というコンテンツも韓流が人気な様子。


私も何冊か買って読んでみましたが、日本の小説と同じように当たり外れがあります。
「なんでこんな本をわざわざ訳して売るのか」と思うようなつならない本もありますが、「82年生まれ、キム・ジヨン」は共感できる要素が多く、面白かったです。

1990年代の韓国はまだ様々な面で日本より遅れており、家父長制と男尊女卑の呪いは日本よりも遥かに酷く、咲耶ちゃんから聞かされる韓国の話は魅力的ではありませんでした。


けれど、韓国の人って一度こうと決めたら苛烈な勢いで突き進むじゃないですか。
#me tooから始まったフェミニズムの盛り上がり方も勢いが良くて、今では日本よりも、フェミニズムについては先を歩いているように感じます。
反動でミソジニーも盛り上がってしまっているようですが、急激な変化に反動はつきものなのでしょう。
例え反動はあっても、もう後戻りすることはできないはず。


咲耶ちゃんがまだ韓国に居るのかどうかは分からないし、本当に先輩と結婚したのどうかも分かりません。
苦学して学位を取得したにも関わらず、専業主婦になり、先輩を支えて生きていくことに夢を見ていた咲耶ちゃん。社会の変化を受けて、彼女はいま何を思い、どう生きているのかなと、私は時々思いを馳せています。