◇欲しいものは真っ直ぐ掴め


こんにちは。
9月になっても引き続き暑いですね。そろそろ体力的に限界です。


さて、寄稿記事が公開されましたので、まだお読みになってらっしゃらない方はどうぞ。

こちらから→新婚早々に不倫されても夫と別れないと決めた若妻の話〜情事〜


平素から私のブログを読んでくださっている方はご存知のことと思いますが、私には離婚経験があります。そのため、夫との離婚を考えている女性たちから離婚について相談されることがしばしばあるんですよね。

まだ一度も離婚したことがない人にとって離婚は未知のイベントですし、どうしても不安になるので経験者の意見を聞きたくなるのでしょう。


私は一通り話を聞いてからアドバイスするようにしてますが、むやみに離婚を勧めたりはしません。
旦那さんが借金や依存症、DVという深刻な問題を抱えている場合は、「今すぐ逃げましょう」とぐいぐい背中を押しますが、そうでなければよく考えるよう促すことにしています。

やっぱり、離婚てそう簡単には勧められないですよ。
私は離婚して幸せになりましたが、だからといって他の人にとっても離婚が正解かどうかは分からないんですから。

彼女たちの離婚後の生活に私が責任取れる訳じゃないですし、だいたい口では「夫と別れたい」と言ってても、ちゃんと覚悟の決まってる人って少ないです。


また、この記事のように、問題が浮気や不倫の場合は本人の気持ち次第なので、他人である私から「別れなさい」とは言えません。

一回の裏切りで愛想が尽き果てたなら別れればいいし、裏切られて傷付いても「許せないけど愛してる」「家庭を壊したくない」という気持ちが強いなら、他人が何を言おうと別れられやしないでしょう。
「そんな浮気者とは別れなさい」なんて口を突っ込むのは、余計なお世話じゃないですか?


この手の「旦那に不倫されたー!キィー!」という愚痴は、うちの子供達が小さかった頃の子育て中にも、ママ友たちから聞かされることがたまにありました。彼女たちはどんなに傷付いていても、怒っていても、不倫されたから離婚という流れにはなりません。

まあ、旦那さん方も離婚するつもりで不倫してませんから、挙動不審から奥さんに不倫がバレるとすぐさま謝るんですよね、ジャンピング土下座で。
ですから、結婚生活を続けるか否かは奥さんの気持ち次第なのです。

だいたいは、「相手の女が許せない!」「こんな手でうちの旦那をたぶらかしやがった!」と相手の女をディスり倒して、気持ちがおさまったら元さやに戻っていきます。


そもそも旦那の不倫に腹を立てている時点でまだ愛があるってことですよ。
夫婦仲が本当に終っちゃってる場合は、夫に彼女ができると嬉しいですから。自分はもう要らなくなったものを貰ってくれる人が現れてくれて万々歳です。

「どぉぞ、どぉぞ。持ってってー。ほんっとに返さなくっていいから、マジで!じゃ、よろしく。ありがとねっ♡」

つって笑顔でさようなら。(o^∇^o)ノ


だから、私が記事に書いた彩音ちゃんも、実のところ別れる気は始めからなかったのです。
「裏切られて傷付いたから、彼と居ると苦しい」という気持ちに悩み、「別れた方がいいのかもしれない」という思いを抱えつつも、本心では夫に対して愛情と未練がたっぷりなので別れを選択したくない。

だから「別れなくていいんだよ」という、本当に自分が聞きたい答えを聞けるまでいろんな人に相談を続けるんですよ。
私に相談する前に、すでに何人かに相談していたらしいのですが、自分の聞きたい答えをもらえなかったようですね。

「ゆきさんのおかげで心が晴れました!相談して良かったです」

となったのは、彼女の聞きたかったことを言ってあげたのが私だったというだけのこと。


すっきりした彼女はその後、旦那さんと仲良く子育てしています。
意地を張ってても幸せにはなれませんから、良かったと思います。

欲しいものは欲しい。要るものは要る。好きなら好き。で、いいじゃありませんか。
自分の思いを伝えることは悔しいことじゃないし、カッコ悪くありません。

プライドが邪魔をして素直になれないのなら、幸せを掴むために捨てるべきは夫ではなくプライドの方です。


バブル時代に人気作家だった森遥子さんの小説では、痩せ我慢してでも己のプライドを守り、男から毅然と立ち去る女がカッコよく描かれていました。
彼女の文章は素敵だったけれど、実際はあんな風にこじらせてひねくれていたら一生幸せにはなれません。


日本が豊かだった時代の終焉と共に贅沢な世界観が時代遅れとなり、森遥子の本は書店から姿を消してしまったので、今の若い人が彼女の本に触れる機会は無いでしょう。
けれど、私と同世代以上の人たちには「若い頃に森遥子を読んでいた」という人は多いです。

私も小説やエッセイをたくさん読み、影響を受けていました。
けれど、自分が年齢を重ねてみて、また自分なりの人生を自分の足で歩んでみて、森瑤子的な恋愛の美学や結婚の美学は現実的でなく、そんな風に生きていたら損するだけだということが分かるようになりました。


実際に森遥子さんの人生は、彼女がエッセイに綴っていたキラキラした生活とは全く違っていたことが、死後に暴かれて明らかとなっています。


森瑤子・わが娘の断章
三男, 伊藤
文藝春秋
1998-05T


小さな貝殻―母・森瑤子と私 (新潮文庫)
マリア ブラッキン
新潮社
1998-10T


森瑤子の帽子
島﨑 今日子
幻冬舎
2019-02-27



彼女はスノッブで華やかな私生活も魅力の作家でしたが、実際にはイギリス人の夫は妻が稼いだお金を使い込むヒモ同様の男でした。

森遥子さん自身も贅沢を好んだのでしょうが、夫の贅沢な無駄遣いを賄うために彼女は借金まみれだったのです。人気作家として大金を稼いでいましたが、消費する金額が稼ぐ額以上に増えていったので、銀行から多額の借金をし、出版社から桁違いの前借りをしては、その借金を返すために書き続けなければなりませんでした。

お金のために書くから多作であり、あまりに粗製濫造しすぎたせいで作家としての評価は生きているうちに落ちてしまっています。


エッセイでは子育て論についても偉そうに語っていましたが、実際には忙しすぎたので子育てはろくにしていなかった。子供たちを愛してはいたのでしょうが、家庭に収まる女性ではないので子育てが好きじゃなかったのでしょうね。
「母は子供の教育にも子供の生活にも関心が無かった」と、娘によって暴露されています。

「自立せよ!」と世の女たちを煽り立てておきながら、本人は精神的に自立しておらず、ちっとも毅然としていません。
けれど、彼女の身の回りにいる人たちにとっては、そういうチグハグさもチャーミングだったようです。


「なんだ、小説もエッセイも全部作り話だったのか」と思うと呆れてしまうけれど、彼女は小説家なのですから嘘を書くのが仕事です。
物書きは嘘つきでもいいのだけれど、彼女はもし長く生きていたらボロが出て人気をなくしただろうと思うので、「成功した女」「素敵な作家」という鮮烈な印象を残して早くに死んだのは幸運なことだったのではないでしょうか。


実を言うと、若い頃の私は、大量生産でワンパターンだと評判の悪い短編集の方を好んで読んでいました。むしろ「情事」は理解できなかったのです。
十代の頃は人生経験不足ですから中年女の心の乾きが理解できるはずもなく、まだ読書量も少なくて基礎読力が低かったので、「情事」の洗練された文章についていけず、簡単な文章で書かれた短い話の方が分かりやすく読みやすかったのでしょう。


けれど、今読み返すとやはり圧倒的に素晴らしいのは処女作の「情事」です。
森遥子は処女作を超える作品は書けなかったと言われていますが、最初の作品が名作すぎたのでしょうね。
作家・森遥子の魅力の全てはこの一冊に詰まっています。

情事 (集英社文庫)
森 瑤子
集英社
1982-04T