◇今日はひぐらしが鳴いてましたよ


こんばんは。今月上旬は体調がいまいちで熱を出したりもしていましたが、徐々に回復し、今日は久しぶりに心身がすっきりさっぱりしていて元気です。

今年は梅雨が重いと言いますか、今月は激しい雨の日が多かったせいもあり体調が優れなかったのかなと思われます。

若い頃はお天気と体調は無関係でしたが、年齢を重ねてくるにつれ雨の日は体が重く感じられたり軽い頭痛がするようになりました。超高齢化社会において40代はまだ若いと言われますが、それでも肉体的には老いを実感する毎日ですね。

ティーンエイジャーの娘を見ていると「生命力が詰まっているなぁ」と眩しく感じます。一方「私に詰まっているのは思い出だなぁ」と、鏡を見ていて思います。

まあ、思い出話を書き綴ることでお金をもらえるようになったのですから、若さが抜けて思い出が詰まっていくのも悪くないと思ってますよ。


思い出といえば、昨日からどうしてもウォン・カー・ウァイが監督した古き良き日の香港映画、「欲望の翼」が見たくなり、あちこち探してiTunesで配信されているのを見つけてレンタルしました。

昔ロンドンでクラスメートだった香港人の男の子に誘われて、ウォン・カー・ウァイ特集をしていた小さな劇場に見に行った映画です。

 


調べたら、今はデジタルリマスター版が劇場で再上映されている模様。
デジタルリマスターしなくちゃいけないくらい古い映画なのだと今更気づいて驚いています。

主演のレスリー・チャンはホテルの高層階から飛び降りて、今はもうこの世にいませんし、映画が撮られたイギリス統治下で輝いていた頃の香港とその文化は今まさに滅びようとしています。

寄稿はあくまでさらっとした読み物でなくてはならず、政治問題について書いてはいけないことになっているのですが、政治には極力触れずにこの思い出も綴ってみようかしら。


さて、体調が回復すると同時に読書への集中力も戻ってきたので、ここ数日は1日1冊のペースで本を読んでいます。
今日1日かけて読んだのはこちらの本。





ブレディみかこさんの最新刊。彼女の著書はほとんど紙で買い揃えています。

彼女の本を読むといつも思うんですよね。「あぁ、私が体験したイギリスは、イギリスが輝いていた最後の時代だったのだな」と。
今ではもう見る影もなく「新自由主義」に破壊されてしまったかつての福祉国家の惨状が悲しいです。
イギリスに比べたらまだ日本はよく持ち堪えている方なのでしょうね、これでも…。

例え環境と生活は厳しくなる一方でも、地べたをはって生き抜いている人たちの逞しさを描写するブレディさんの筆致に、「この世界はまだ捨てたものじゃない」という希望を感じます。


そして、昨日はこちらの本を読みました。


夜が明けたら 蒼井そら 完全版
藤原 亜姫
主婦の友社
2020-06-19



私でも名前を知っている元セクシー女優、蒼井そらさんの半生を、事実を元にして書いたフィクション小説だそうです。
中国で大変人気があるということは一時期しょっちゅうニュースになっていたので、ご存知の方も多いでしょう。
フィクションだというもののかなりリアルに感じられる物語ですが、どこまでが事実でどこからが誇張なのかは分かりません。

Twitterで流れてきた書評を読み、興味を持ったので読んでみました。
紙の本も出ているようですが、電子版の方が完全版なのだそうです。読みやすいのでスルッと読めます。

蒼井さんが元々は芸能界を夢見る普通の女の子であったことや、AV出演は自ら望んだものではなく、最後まで慣れることのない辛い仕事であったこと。けれど、彼女は裸の仕事が嫌すぎて時に病んでも、決して自分を見失わなかった芯の強い女性であることが分かりました。


十年近く、仕事といえば裸であり、男のために脱いできた。脱がない仕事の時も、 AVであんないやらしいことをしている女の子という前提で扱われた。

男の身勝手さや振りかざされる無言の圧力を感じるたびに、なにも気づかないフリをして、無邪気に笑った。空気を読むのは、習い性となっていた。

「あたしね、陽ですから。後悔もしてないし、この仕事に誇り持ってやってます。なーんにも闇とかないですから」

信じるなよ、ちょっと考えたらわかるだろ?カメラの前でまぐわう女に闇が一ミリもないわけねぇだろうが。夢を見せるあたしはその刹那、誰よりも冷めていた。
誇るものがあるとすれば、それは仕事じゃない。どんなつらい場面でも泣き喚いても決して逃げ出さず、カットがかかるまで笑い続けた健気なあたしだ。

(中略)

絡みの仕事はもうイヤだ。

売れてもどこか後ろめたくて、誰かに後ろ指を刺されている。誰にも弱みを見せないように無神経なフリをする。悪いことなんかしてないのに、罪悪感が拭えない。一生懸命働いたって、家族にも彼にも申し訳ない気持ちがどこまでも追ってくる。
あたしは、普通の女だ。

(中略)

テレビがなにより大好きで、そこに夢ばかり見ていた、どこにでもいる普通の田舎の女の子。
テレビに出たくて頑張ったら、たまたまセックスを見せる仕事に辿りついてしまった。

どうか他人事だと笑わないで。そして、あたしをバカにしないで。
もしかしたらほんのわずかな行き違いで、今これを読んでいるあなたが、あたしだったかもしれない。


この魂の叫びのような下りがグッと胸に迫りました。
他にも、「撮影で感じたことは一度もない」「はやく終わって欲しいから派手にイク演技をしていた」とも書かれています。そして、今では出演作の販売も差し止めていらっしゃる。
これが、飯島愛さんを除けば日本で一番成功したセクシー女優さんの本音であり、悲しい現実なのですね。。。

ご本人の希望通り、これからは別の場所で咲いて欲しいと思いましたし、ここまで強い女性ならきっとこのままでは終わらないことでしょう。


はあちゅうさんのパートナーであるトップ男優しみけんさんは、近頃では偉そうに性教育の現場で講釈たれておりますが、トップ女優さんがこのように仰っていることを踏まえれば、AV男優に間違いだらけの性教育なんてして欲しくないと思いました。

はあちゅうさんの動向はTwitterで流れてきますが、最近ではもうアンチを裁判にかけることしか興味が無いように見えて、「この人にはもう書いて表現したいことが無いのだな」と残念な気持ちになります。

せっかくウンコ食べる性癖の人と結婚したのだし作家を名乗っているのだから、自分と夫を題材に性の修羅でも書き尽くせばいいのに。
そして憧れている林真理子さんのように直木賞でもとって実力を証明すれば、アンチも黙るでしょう。

はあちゅうさんに限らず、木村花さんの不幸を利用してアンチを裁きにかけようと鼻息が荒くなった人たちを最近よく見かけるようになりましたが、真っ当な批判や非難と誹謗中傷を混同しているようでは、裁判は必ずしも彼らに有利ではないと思いますよ。

だいたい自ら自分を商品にして売っていれば、その商品を気にいる人(ファン)も出れば、気に入らない人(アンチやウォッチャー)が出てくるのも当たり前のことですしね。

タレントとして売れるほどの才能もないのに、ネットで自らを商品化しプライベートを切り売りしている人の観察は、自然派文学の読書みたいなもの。
私たちウォッチャーは、承認欲求が肥大しすぎて化物になってしまった人の醜さや、貧困から抜け出そうとして間違った方法を選んだ人たちの人生がゆっくりと確実に堕ちていく様をリアルタイムで眺めて、その姿から確かな教訓を学ぶのです。