◇小夜子さんという人


おはようございます。
寄稿記事が公開されていましたので、まだお読み頂いてない方はどうぞ。

こちらから→魔性の女に弄ばれた若い愛人男の哀れな記録〜マノン・レスコー〜


実はこの記事、小夜子さんという女性について書いた記事の二話目なのです。
第一話として、私が彼女にロンドンでメンズストリップショーへ連れて行ってもらった話を先に書いていました。

ですが、手違いがあったようで第一話よりも先に第二話が公開されてしまったので、記事について少々説明をさせていただきますね。

寄稿記事はどれも基本的に一話完結の読み切りなのですが、私はセミナーの話などもオムニバス形式で書いていまして、それぞれに独立した話でありながら関連があります。

なので、ロンドンに住んでいた頃の思い出話シリーズも、繋がりのあるものがあります。


私はメンズストリップショーへ出かけた話を先に書いて預けてあり、当然そちらがこの記事よりも先に公開されるものと思っていたので、今回の記事は、出だしが


私をロンドンのメンズストリップショーに連れて行ってくれた小夜子さんには愛人がいた。


という唐突なものとなっております。
メンズストリップショーについての話と、ストリップショーのMCを仕事にしている小夜子さんの旦那さんについての話は一話目に書いてあるので、それを踏まえた上での第二話でした。


第一話もいずれ公開されると思います。読んで欲しかった記事の順番があべこべになってしまいましたが、基本的には読み切りですので、今回の記事単独でも楽しんでいただけると思います。


小夜子さんは日本人ですが、日本人女性には珍しい、迫力のある美しさを持った女性でした。
パーツが大きく彫りの深い顔立ちが美しいだけでなく、プロポーションがよくて体も綺麗。評価基準を顔と体の造作だけに絞れば、私は彼女を超える美女に出会ったことはありません。
雰囲気も非常にセクシーで、彼女がゆらりゆらりと歩く後ろ姿からは、立ち上る色気が蒸気となって目に見えるようでした。

彼女の色香の根元は、「背徳」であったように思います。


第一話目に出てきますが、彼女のイギリス人の夫であるリチャードは、仕事(セクシーショー)の後にダンサーの仲間たちと一緒に、お客さんである女の子たちと乱行に興じることがしばしばあったようでした。
そして、小夜子さんにはトーマスという愛人がいましたが、職場で小夜子さんの美貌にのぼせあがる男はトーマスだけではありません。トーマスも、その他の男たちも、彼女は自分に狂う男たちを自宅に招いては「友達」だとして夫に紹介していました。

ちょっと何やってるのか分からなかったです。( ̄ー ̄)


小夜子さんの周辺にはいつも彼女をうっとりと見つめる男達が居ましたが、中でも一番壊れていたのがトーマスでした。
だから小夜子さんのお気に入りだったのでしょうね。彼が自分のために苦しみ、泣いて暴れて大騒ぎするのが楽しかったのだろうと思われます。
小夜子さんはトーマスが望むものを決して与えようとしませんでしたが、自分を欲しがる男の心に苦痛の種を撒き、それが育つのを眺めるのがセックスするより気持ち良かったのでしょう。


しかし、トーマスという男も愛される価値はない男でした。
彼にはお互いの両親にも紹介済みの、交際期間が長いガールフレンドと同棲をしていたのです。

彼女も小夜子さんには及ばないけれど綺麗な人でした。トーマスは日本人女性が好きだったので、その彼女も当然日本人なのですが、若い頃にはモデル経験もある長身スレンダーな美人で、しかも高学歴。
仕事のキャリアもトーマスより遥かに立派で、給料もトーマスより高く、同棲しているマンションは彼女が購入したものでした。

彼女名義の家に住まわせてもらっているにも関わらず、トーマスは夜毎(よごと)小夜子さんに恋い焦がれて泣いてるわけです。厚かましいにもほどがあるでしょう。

私にはトーマスの彼女さんは素敵な女性に思えたので、トーマスが彼女より11歳若いことで優位に立ち、当時37歳の彼女をババア呼ばわりし、「あいつの化粧してない時の顔は見てらんねぇよwww」と言い放ったときには殺意を覚えました。


小夜子さんとトーマスはいわばダブル不倫のような間柄なのですが、純愛とは言い難い爛(ただ)れた多角関係に、私は頭が混乱していました。

けれど、当時の私は若くて素直でしたし、彼らの愛憎劇を良いとか悪いとか正しいとか間違ってるなどとジャッジすることなく、年上のお姉さんお兄さんであった彼らの話をただ黙って聞き、側で成り行きを眺めていました。
興味深かったですしね。人間観察が趣味なのは昔からなのです。


魔性の女として私の記憶に焼きついていた小夜子さんですが、再会したのはFacebookです。
最初は再会できて嬉しかったのですが、記憶の中の彼女が美しかった分、年齢を重ねた姿に失望してしまいました。

まずは、良いパートナーとは言えないリチャードと離婚していなかったこと。そして、あれほど異業種への転職を希望していたのに、相変わらず空港職員として働いておりキャリアアップもしていなかったこと。

私が帰国する直前に、副業としてモデル・女優としてエージェントにも登録していたけれど、どうやら鳴かず飛ばずであったらしいこと。

プロフィールの写真には40代の彼女の近影でなく、かつて私が撮影してプレゼントした20代の頃の写真を使っていたことが、かつての己の美貌に対して未練がましく感じられたこと。

メッセージのやりとりをしたことで、彼女は文章の読解力も、文章での表現力も非常に低く、年齢に見合った知性が備わっていないのが分かってしまったこと。

何より、彼女の最大の魅力であった美貌は、加齢だけでなく不摂生と不健康により艶をなくしており、もうかつての辺りを払うような迫力ある色香が失われていたこと。

かつての彼女は魔性の女でしたが、年齢を重ねた彼女は「何者でもない人」だったのです。

失望が極まった結果、こちらから縁を切りました。


私がイギリスで親しくしてもらっていた頃、彼女は非常にセクシーな大人の女性ではありましたが、男達の前ではまるで小さな女の子のように、バカのフリをして戯(おど)けて見せることがよくありました。可愛こぶるというのでしょうか。
確かに彼女は黙っていると美し過ぎて近寄り難かったので、そうして戯ければ愛嬌がうまれ、親しみやすくはなりました。

けれど、彼女はそんなことをすべきではなかったのかもしれません。
私は、彼女が「男達が喜ぶから」とバカなふりをして可愛がられているうちに、本当にバカになってしまったのだと思いました。

彼女は男達を弄(もてあそ)んでいたようで、実は男達に人生を弄ばれてしまったのではないでしょうか。
小夜子さんは美しさばかりを讃えられ、ただ立っているだけで男達を籠絡(ろうらく)して甘やかされたことで、自ら人生を切り開いていく強さと、強さを鍛えるチャンスを奪われてしまったのです。

とはいえ、もしも彼女が現実を見据える知性と欲望に流されない強い意志を持っていたなら、男達の人生を台無しにしながら自分の人生も台無しにしてしまうようなことは無かったでしょう。


マノン・レスコーは、文学史上初めて男を破滅させる「宿命の女」を描いた小説ですが、物語は現代においても全く古びていません。


マノン・レスコー (新潮文庫)
アベ・プレヴォー
新潮社
2004-06T



知性、理性、分別などとは縁がなく、本能にのみ従う刹那的な快楽主義者で、贅沢を好み、浮気で不誠実。けれど男達は彼女の魅力に抗い難く、愛さずにはいられない。

私が観察している子宮系女子たちが、まさにこうありたいと願う理想の女性像ではないかと思います。


ただし、宿命の女の寿命は短い。
物語と違い、人の一生は長いのです。だから、こんなものになりたがるなんて馬鹿げたこと。

女は美貌と若さが価値を失っていく中で、それに替わる魅力を培うことができなければ、仮に十代で美少女、二十代で魔性の女だった美女も、四十を過ぎるころにはただの人に成り下がります。
私にとって小夜子さんという人は、まさにその実例でした。

では、第一話の公開をいましばらくお待ちくださいね。