◇家族にはジャッジする権利がある


こんにちは。
眠れない夜を二日続けて明かした後、昨夜はどうにか寝ついたのですが、今度は眠気に取り憑かれて昼過ぎまでこんこんと眠り続けてしまいました。
自宅待機生活も早1ヶ月。昨日から久しぶりに働く予定でいましたが、再度パート先の休業延長が決まり、ガッカリしてせっかく連休明けに備え整えていた生活リズムが又乱れてしまい、困っています。

元々不眠症になりやすく、1日のほとんどを自宅で過ごす生活では頭と体が十分に疲れないため、夜になってもちっとも眠たくならないのです。
家事、育児、パート、隙間時間に原稿とブログ。せわしなく労働に明け暮れる日々は疲れてしまうけど、でもそうやってぐったり疲れるからこそ夜はぐっすり眠れるんですよね。


私は自分で自分を律することが苦手なので、夜は「明日に備えて」寝るべき理由がないと寝つけないし、朝は子供の学校だとか仕事とか、嫌でも起きなきゃならない理由がないと起きられません。

「今日中にやらなきゃいけないこと」に1日追われてバタバタしていないとお腹も空かないので、食事をする気もおきないのです。
自分は全然お腹が空かなくても家族のために作らなきゃならないので、時間が来れば食事の用意をして食べていますが、この状況下でもしも一人暮らしをしていたら、まともに食べてないだろうなと思います。

だから私は自分自身がちゃんと生きていくために、「しがらみ」が好きなんですよね。

なので子宮系信者たちの「家事したくない」「育児したくない」「働きたくない」「人付き合いしたくない」気持ちが全く理解できません。


さて、眠れない夜に私は本を読んだり海外ドラマなどを見て過ごしていますが、同じく昼夜逆転生活になってしまったという子宮系スピリチュアルのウォッチャー仲間、黒猫ドラネコさんは精力的に執筆活動をしていらっしゃいます。

黒猫さんに比べてぼんやり過ごしている自分が恥ずかしくなります。。。

黒猫さんは本業の合間にサイゾーウーマンで連載(黒猫ドラネコの教祖様注意報)を持っていらっしゃいますが、それとは全く違った筆致で小説の連載をnoteで始められました。
子宮系スピリチュアルにハマった女性と、その家族の物語です。
私もいつか子宮系にハマった友人の話をnoteに綴ってみようかなとぼんやり考えていましたが、先を越されました。(笑)


とても身近なご家族が子宮系にハマった黒猫さんの視点で描かれており、リアリティに溢れて読み応えがありますから、まだ読んでいらっしゃらない方は是非どうぞ。


第一話はこちらから→子宮の詩が聞こえない1ー①

第二話はこちらから→子宮の詩が聞こえない1ー②

第三話はこちらから→子宮の詩が聞こえない1ー③


これは私の勝手な想像ですが、黒猫さんは子宮系にハマってしまったご家族との騒動と、その方との関係に一定の距離と冷静さを持てるようになったのでしょう。

ブログのような散文なら激昂状態でも書けますが、このように小説という形に落とし込んで「書く」という行為は、自分自身の心もしんしんと冷えてくるような「冷たい眼差し」を対象に持てないと書けませんから。

自分の中に生まれた冷酷さによって走る筆は己をもえぐるでしょうが、心の流血は必要な浄化だと信じます。
更新を楽しみにしていますから、書き切って下さいね。


ところで、小説中の描写の中に、


「女は、いつも体の中からの美しい詩を聴いて生きる。好きなことをしていればいいし、食べたい時に食べたいものを食べて、寝たい時に寝る。やりたいようにやっていい。そうすれば、男が汗水たらして働いて貢いでくれる。お金が勝手にやってくる……んだよ」


という下りがあるのですが、何だか懐かしさを覚えました。
そうそう。今では「金!金!金!金!金!」と、口を開けば金の話一辺倒になっている子宮系スピリチュアルですが、最初の頃は違ったなと。

子宮委員長はる(現:八木さや)が出産して、彼女の人気が飛躍的に高まり始めた頃は、「ぶっちゃけ女は生きてるだけでいい。子宮の声を聞き、やりたいこと(趣味・遊び)だけしてやりたく無いこと(家事・育児・仕事)を一切やらずにいたら、男に愛されて貢がれるんだ」って説いてましたよね。

その主張は一見すると、

「女は家庭の奴隷じゃない!」

というフェミニズム運動みたいに見えるんですよ。
古い役割分担と固定観念の打破っぽくてね。

まあ、でも、古い役割分担からの解放だと言うなら



「女が家庭の奴隷じゃないなら、男も家計の奴隷じゃないぞ!」



って当たり前の視点が抜けてます。私は友人から子宮委員長はるを勧められた時、



「あなたが誰の奴隷でもないように、誰もあなたの奴隷ではない」



ということが、何で分からないのかなぁと不思議でした。



「私は他人に仕えないし傍若無人に振舞うけれど、他人は私を尊重し、私に仕えて当然だ」



とする、その傲慢さはどこから来るのか不気味でした。


教祖や信者の人たちは、よく「ジャッジしない」とか「ジャッジするな」って言うんですよね。
まあ、確かにね。
彼女たちが狂ってるのは事実だとしても、赤の他人がそれをわざわざ「あんた狂ってるよ」「あんたらおかしいよ」と言うのは余計なお世話ですよね。関係ないのに。

けど、家族は違いますよね。頭のおかしい教祖と荒唐無稽な教義に狂ってる妻、母親、姉妹、娘をジャッジする権利が家族にはある。だって家族にもそれぞれ人生と生活があり、幸せを求める資格があるのだから
生活を破壊し、人生を台無しにしてくる妻や母親や姉妹なんて要らないでしょう。


子宮系教祖や信者たちは家族の不幸の加害者です。近い存在だからこそ無関係ではいられなかった家族という他者を巻き込み、傷つけた報いは受けなければなりません。
ジャッジされた結果、小説のネタにされることもあるということです。