◇帰れない女たち


こんばんは。今月はもう十分書いたので12月まで何も書かずにいるつもりでしたが、来月公開とばかり思い込んでいた寄稿記事が既に公開されておりましたので、紹介のため不精不精パソコンを開きました。

はぁ〜。明日から師走ですね。今年も終わりですよ、クリスマスですよ。
自分自身が若い娘でなくなってからというもの、街にクリスマスソングが流れていても何も感じず、イルミネーションを見に行きたいとも思わない。子供達が大きくなると、引越しを機にツリーを手放し、オーナメントで部屋を飾りつけようと言う気持ちもさっぱりなくなってしまいました。

昔はこうじゃなかったんですけどね。
誰かと一緒だろうと一人で居ようと、クリスマスのイルミネーション瞬く街路や広場を通るたび、胸がきゅぅううぅ〜んと切なくなったものです。
アート系の仕事に就くことを志していた十代二十代の頃の私は人一倍敏感で繊細な女の子だったはずなのに、感受性って一体いつどこで失くしちゃうんだろうなと不思議でしょうがないですね。


さて、2本目の寄稿エッセイが公開されておりましたので、まだお読みでない方はどうぞ。

こちらから→淋しい女に飲み込まれる男たち〜パーマネント野ばら〜


これはまだ私の中に、ちょっとつついただけで簡単に凹み、傷がつき、血が流れたり膿んだりするような「柔らかい心」という物があった時代のお話しです。
私と恵理(仮名)さんはロンドンにある美術学校のクラスメイトでした。その学校は繁華街にあり、今の時期は午後4時を過ぎるともう日が落ちていて真っ暗なんですよ。

授業を終えて外に出ると、時間はまだ夕刻なのに外はもうネオン街。この季節には街路を彩るクリスマスイルミネーションや、お店や百貨店のショーウィンドウのクリスマスディスプレイがとても綺麗で、ワクワクと弾む気持ちと寂しさが込み上げる気持ちを半々に味わいながら煌(きら)びやかな街にいつまでも見惚れていたものです。


今回の記事中で紹介した「パーマネント野ばら」は、高知県出身の漫画家、西原理恵子さんの作品です。





西原理恵子さんの作品好きなんですよ。
下品であけすけで非常識なようでいて、人の心の一番柔らかい部分に刺さる物語を描く名人だと思います。

若い頃は彼女の作風が好きではありませんでしたが、私は20代では就職に失敗し、30代では結婚に失敗しました。
恵まれた環境に生まれ育ったおかげで若い頃は苦労知らずだったのに、若いとは言えない年齢になってから人生が反転し、お金の無いストレスや明日が見えない不安を知りました。

シングルマザーという社会的弱者になってからは、親しい人には支えられ、親しく無い人からは蔑みを受けることが一度ならずありました。
そして私は生きるために「心の柔らかさ」を「精神のたくましさ」と交換したのです。
西原理恵子ワールドが分かるようになったのはそれからですね。


恵理さんは不安定な女性でした。知り合ってから2年近く親しくしていましたが、初めて会った時の恵理さんは27歳、最後に会った恵理さんは30歳間際になっていました。

時代が変わり初婚年齢が30歳近くになった今はもう誰もそんなことを言わないけれど、私が学生生活を送っていた頃は、まだ女性に対してクリスマスケーキだの大晦日だのと酷いことを言って結婚を焦らせる風潮があったのです。


*クリスマスケーキとは
クリスマスケーキが高値で販売されるのは25日までであり、26日からは大幅値引きで安く叩き売られる様子から、25歳を過ぎた女性は価値が下がるという意味

*大晦日とは
30歳や30歳目前の女性に対し、「大晦日(31)を過ぎると行き遅れ」などと言い、女性は20代のうちに結婚しなければ婚期を逃すとされていた


今じゃ信じられないことですし、若い人には想像もつかないことでしょう。けれど、当時はともかくそういう時代だったのです。
あの頃の恵理さんが感じていた「焦燥」の背景には、そうした時代における女性特有のプレッシャーがありました。


また、あの当時のロンドンには20代半ばで一度仕事を辞め、英語を身につけてキャリアアップしようと渡英してくる女性が大勢居ましたが、ほとんどが中途半端な社会浪人となっていきました。
元々勉強が出来ない人や英語の苦手な人が1年や2年現地に住んだからといってビジネスシーンで活躍できるレベルの英語力が身につく訳もなく、入るのは簡単だけれど卒業は難しいイギリスの学校で学業を修めることも不可能だからです。

イギリスで何も為せないまま1年が過ぎ2年が過ぎ、結婚市場においては価値が下がったとされ労働市場においても評価はされない。
そんな状態でイギリスに居座っていたって状況は悪くなる一方なのに、日本に帰れなくなってしまうのです。恵理さんは、そんな「帰れない女たち」の一人でした。

今はもうどうされているのか知る由もありませんが、願わくば逞しく生き抜いていて欲しいです。