◆だから私はパートを辞めない


こ、怖い。世間に嫌われるのが本当に怖い…。


近頃のはあちゅうさんを見ていて思うことです。
私は元々自分が他人からどう見られるのかについて、さほど頓着しません。

なので、普段の生活も他人の目を気にすることなく着たい服を着て、思ったことを口にし、ネットでも「こんなことを書いたらどう思われるだろう?」などということは気にすることなく、自分の思うままを偽らずに書いています。

とはいえ、社会の一員として暮らしているのですから、自分の好きなファッションを楽しむといってもTPOはわきまえていますし、思ったことを口にはするけれど、お喋りの相手を居心地悪くさせたり傷つけるような言動はしません。
幼少期から空気の読めない子ではありましたが、働きながら、子育てをしながら、他者と生活を共にしながら40年以上生きてきて、経験が積み重なり学習したことで、「許される振る舞い」と「許されない振る舞い」の境界の見極めがつくようになりました。



罪のない他人を不快にさせない。



それが大人のマナーです。


近頃はパートの仕事が忙し過ぎて、ぐったり疲れており趣味のネットウォッチングにも熱が入りません。趣味とは「余暇」があってこそいそしめるものですのでね。
このところ自分からヲチ対象を追いかける気力体力がないので、Twitterを開いてたまたま目に入る情報だけを眺めていますが、近頃頻繁に目に入るはあちゅうさんの話題は最早炎上すらしていません。



ただただ嫌われているだけ



ですね。
もうね、ここまで来るとウォッチャーとしてもびっくり状態。。。

つい先日、はあちゅうさんがSNSに粘着してくるアカウントを特定したという話題がTwitterを巡りましたが、それがTwitter上の騒ぎにはおさまらず、ネットのニュースサイトにまとめられていて驚きました。
事実をありのままに伝えているというよりは、ライターのバイアスがかかっているのかはあちゅうさんの言動に対してはネガティブな紹介の仕方なのです。


ニフティニュースはこちらから→はあちゅう氏が「アンチの身元割れた」とツイート、個人特定できる内容晒し物議醸す

ライブドアニュースはこちらから→アンチユーザーを特定し情報発信 はあちゅう氏の行為が物議


ニフティニュースでは

>「プロ被害者」なるパワーワードも爆誕していたようである


と、私が思いつきでぽろっとツイートした「プロ被害者」という言葉が紹介されており、笑ってしまいました。
はあちゅうさんがいついかなる時も「自らの責任」は棚上げし、「私は被害者」という立場で持論を主張する振る舞いを揶揄するために思いついた言葉です。

私のツイートはそれほど拡散された訳ではないけれど、はあちゅうアンチの方々が気に入ってくださったことで、言葉が一人歩きを始めたのでしょう。
言葉は一度一人歩きを始めたら、もう最初に誰が言ったかは取るに足らないことです。


そして、このニュースから間を置かずに、セクハラについてのはあちゅうさんのツイートも拡散され、ネットニュースサイトにまとめられていました。


こちらから→ガジェット通信 はあちゅうさんが「私が思うセクハラをする人たちの共通点」をツイート 「自己紹介ですか?」のツッコミも


何と言うか、もうはあちゅうさんは何を言ってもやってもツッコミが入るし、こうしてネットニュースにまでなって拡散されるのは、ツッコミを入れる人や入れたくなる人が一定数を超えたということなのだと思われます。
それはつまり、はあちゅうさんが超えるべきでなかった一線を超えたことと同義であるのでしょう。

彼女はこの先もう何を言ってもやってもダメということ。
嫌われるとは、こういうことなのでしょうね。。。


公平に考えると、「特定の有名人にSNSで粘着する行為」は明らかな迷惑行為であって、処罰の対象となるはずです。
ですが、粘着の相手がはあちゅうとなると、そもそもの加害者と被害者は逆だということがネット内世間の共通認識となり、「悪いのははあちゅう」に変わるのです。

私は、はあちゅうさんについて複数回にわたりブログを書いてきましたし、ツイートでも言及してきました。けれど、ご本人に直接絡んだことは1度としてありません。
ウォッチャーらしく、ただ遠くから眺めては好きなことを勝手に言ったり書いたりしているだけです。

TwitterやInstagramではあちゅうさんのアカウントにリプライを飛ばしたりコメントを書き込んだりしようと思ったことはありません。Amazonレビューも書いていませんし、匿名掲示板にも書き込みをしたことはありません。

何故なら、彼女に対してそこまでの熱が無いから。
対象に直接体当たりを仕掛けるには、返す刀で自分も傷つく覚悟が必要でしょうし、時間も精神力も使います。
ある一人の人間が他者に対して、傷も消耗も厭わない覚悟を持つには、何らかの強い衝動が必要なのです。


私ははあちゅうさんのファンだったことはありません。私にとっては、いつも燃えているので遠くから眺めても炎が明るく目立っているため、その姿に興味を引かれるだけです。
ファンであったことがないのでお金を使ったこともありません。サロンに入ったり、有料noteを買ったこともなければ、書店で見かけた本すら買ったことがない。
金銭的損失は怒りや恨みと結びつきやすいものですが、一銭も彼女に費やしたことがないのだから個人的な恨みが募るはずないですね。

だからこそ、「SNSでしつこく粘着する」ようになった人というのは、自分のお金も、現在の時間も、未来の夢をもかけてはあちゅうさんのことが好きだったのだろうなと想像します。

はあちゅうさんの言う「しつこいアンチ」は、「元々はファン」だったのだろうと。
強い憧れと忠誠心が裏切られたと感じ、今までにかけたお金が全て無駄だったと分かった時、全てがひっくり返るのでしょう。


どうやら今回槍玉に挙げられたアンチの方は、元はあちゅうサロン生だったようです。
はあちゅうさんのツイートによれば、子供と一緒に出演したメディアでは夢や希望を語る主婦で、Instagramでは人への感謝と充実した私の発信でぎゅうぎゅうとのこと。


まあ、そんなとこだろーねw

分かる分かるw


私はかつてキラキラ起業に片足突っ込んでましたから、そういう主婦はよく知ってます。
まだ何者でもない自分にコンプレックスがあって、何者でもないままに歳をとってしまうことへの焦りがあって、何者かであるような誰かに憧れて、この人を信じてついていけば自分も成功するんじゃないかという怠惰な下心でいっぱいの世間知らずな主婦でしょう?

あのねぇ、そういう人でないとインフルエンサービジネスには引っかからないのよw
そういう人こそ、はあちゅうさんのメインの顧客じゃないですか。サロンビジネスは情弱ビジネスなのですから。

情弱の面倒を見ることこそが仕事なのに、はあちゅうさんて本当にいつまでも自分の仕事がわからない人ですよね。大切にすべきお客さんをバカにして、バカに自分をバカだって気づかせちゃったら商売あがったりでしょうに。


バカが自分はバカだと気がついたら、賢くなるのです。賢くなればバカに夢を見させて飯を食う人たちの実態にも気がついてしまう。
ほとんどの人たちはバカだった自分を恥じて、情弱ビジネスの沼からは静かに歩み去り、泥だらけの足を洗って日常へと帰っていきます。

けれど一部には、一矢報いなければ怒りが収まらない人たちも居るのですよ。

一矢報いると言っても、別に殺してやろうなんて物騒なことを考えているわけじゃない。
ただ、



お前はもう表へ出てくるな!ひっこめ!



ということです。
そして、何よりも情弱ビジネスを辞めろと言いたいのでしょう。
だから、はあちゅうさんのすべきアンチの対処は私刑じゃありません。サロンをやめてネットから消えることです。


今回はあちゅうさんが特定した人物は一人のようですが、恨みに思う人は一人ではないでしょうし、晒された人物は反省するどころか更なる怒りを募らせないとも限りません。
はあちゅうさんが表舞台から消えて居なくなるまで、モグラ叩きは続くのでしょうね。

はあちゅうさんは、女の子がただ若いと言うだけでちやほやしてもらえる頃に世に出て成功しました。
そして、会社勤めは早々に投げ出し、ネットを離れた場所では才能を認められず、ずっと自分をちやほやし続けてくれる小さなネットコミュニティの中に留まり続けたことで、自分に対する客観性を見失った大人になりました。

自分を分かっていないこと、自分を好いてくれる人たちを分かろうとしないことが、「アンチに悩まされる」今の事態を招いているのでしょう。


肥大した自意識と高すぎるプライドは若者の必須アイテムです。
かつては私も持っていました。
けれど、私は自分の自意識に見合うだけの才能の持ち合わせがありませんでした。だから、「若さ」という「今はまだ何者でもないかもしれないけれど、いつか何者かになれる可能性」を失っていくほどに、自意識をダイエットさせプライドは厚底ブーツを脱がなければバランスがとれなくなりました。

キラキラ起業の世界のドアを開けてみたことで、大勢の愚かな人たちと、その愚かな人たちの中にいる同じように愚かな自分を見つけました。


私は今こうしてブログを書いています。
月間PVは多い時には30万を超え、少ない時でも20万あります。「人気ブロガー」なのだそうです。
私はブログをマネタイズできていないので、これだけのPVがあっても収益は相変わらずお小遣い程度で、ブログが仕事にはなりません。
それでも、「すごいね」と言われるようになりました。


だからこそ、私はリアルを生きている本当の自分を見失わないように、パートの仕事は辞められません。
社会の部品となって、あくせく働いている私が私。

笑顔でお客様をお迎えし、時に理不尽な対応を迫られては頭を下げ、ミスを犯しては年下の上司に詫びを入れ、周りの方々の好意や寛容さに助けられながらどうにかこうにか働いて、人様の役に立っている実感を得ています。

そうやって労働に身を費やしてしているから、私は自分の立ち位置がはっきり見える。

自分の足元がちゃんと見えているから、他人の顔が見えず思いだけが渦巻いているネットの中で立っていられるのです。
自分の足元が見えないままに歩き始めてしまうと、足場のないところへ踏み出して転落してしまいます。


若い時にブログに好きなことを書いて、もしそれが簡単にお金になっていたら、「人気ブロガーのワタクシ!好きなことで生きていけるのに、あくせく働くなんてバカじゃないの?」と鼻もちならない人間になったでしょう。
当然のように嫌われますね。


嫌われるとどういうことになるかは、今まさにはあちゅうさんが見せてくださっている。
嫌われ抜いた者の末路がどれだけ悲惨かは、これから見せていただけるのでしょう。

あぁ、怖い。

だから、私はパートを辞められない。