◆新奴隷宣言


こんばんは。しばらく更新が滞ってしまいご無沙汰をしておりました。
職場が人手不足なもので、忙しく働いていたら休みの日もヘトヘトで、家事をこなすのが精一杯。書きたいことは色々とあったはずだったのに、まとまりがつかないまま何を書くべきだったかも忘れてしまう勢いで、ブログは放置のまま日々が過ぎて行きました。


「仕事が忙しい」などと書いていると、「遊んで暮らす」を標榜している人たちに嘲笑われそうです。


ブロガー界隈だと、


「奴隷マインドで古い生き方をしているおばさん。ああはなりたくないわー」

「もう平成も終わるって言うのに、新しい時代の生き方が理解できないんだよね」

「ああいう終わってる人とはさ、話ししても分かり合える気しないよね」

「大切なことに一生気づかずに、搾取される側なんだろうね。可哀想だよね」


ってな感じかな?
ろくに暖房も効かない寒い山奥のシェアハウスとかで、安く酔っ払えるストロング系の缶チューハイを飲みながら、どこかだらしなくて締まりの無い若者たちが熱く語り合ってそうですよね。



子宮系なら、


「とことん自分を生きるってことしてないね」

「ワガママに生きていれば、男とお金に愛されて蜜がれる(子宮系の造語、貢がれるの意)のだから、働く必要なんてないんだよね」


とか言いながら、蜜がれ財布とか蜜がれバッグとか売りつけようとしてきたり、「子宮メソッド」だとか「宇宙の法則」のシェア会にお誘いされたりしちゃいそうです。

そういえばハンドメイド活動していた頃にFacebook友達だった子宮系の方、子宮メソッドを実践した結果旦那さんに愛想を尽かされて、浮気もされて離婚危機と同時に経済危機にも陥っていたけれど、お元気なのかしら。( ̄∇ ̄)



こう忙しいとTwitterもあまり見れていませんが、最近はブロガー界隈も大した話題がありませんね。

はあちゅうさんの後追いに熱心なイケハヤさんがアメブロで育児ブログを始めたと、アンチの間で小さく話題になっていましたが、「あ、そう」くらいのインパクトしかないので、「主婦の皆さん、イケハヤに騙されちゃいけませんよ」なんて、警戒警報発令する気にもなりません。

私は子宮系やキラキラ起業でアメブロ芸人たちのヲチを続けてきましたが、アメブロは競合する詐欺師が多すぎるし、独特の世界を形成してますから「ブロガー界隈」出身の方が活躍できるような余地はないと思うんですよ。

一言で言うと「畑違い」ってことです。


アメブロで主婦を引っ掛けてお金巻き上げようと思ったら、もっとこう、なんて言うのかな。
完全に社会性を失ってて、異常性が暴走してるくらいの人の方が向いてます。

もちろんイケハヤさんが異常じゃないと言いたい訳じゃないけれど、息をするように嘘が口から出てくるサイコパスであっても、まだ「もっともらしい話」が作れる人じゃないですか。
それに資本主義のゲームが云々言ってて俗っぽいですよね。

そうじゃなくて、アメブロの世界で成功を収める詐欺師は、世俗にまみれていてはいけないのです。浮世離れしていないと。

児童虐待や売春など違法とされているものを堂々と肯定しちゃうくらい社会からズレてて、「神の声が聞こえる」とか「龍が見える」とか「宇宙の真理が分かる」とか、そもそも社会どころか「人間からズレてる」くらいの常軌を逸した人でないとポテンシャルを感じません


医療も科学も全否定、毛沢東も凌ぐ勢いの反知性主義の世界に、曲がりなりにも大学出たような人が馴染めるとは思えないんですよ。

詐欺師としてアメブロ界で大きな成功を収めようと思ったら、人間やめた方がいいですよね。



それにしても、「ブロガー界隈」の登場人物が、近頃覚えられないのです。

私は彼らをフォローしておらず、その動向も熱心にをヲチしていませんが、彼らの動向をくまなくチェックしている人たちをフォローしているので、何か起これば目に入りますし、誰かが大きく炎上すればネットウォッチング仲間の友達がすかさずDMをくれるので話題には乗れます。

けれど、ここ最近はビッグウェーブに乗ろうにも凪の状態が続いていて、ときたまさざ波が立つくらい。
ネットサーフィンボードは脇に置いて、さざ波に笹の葉船を浮かべて遊ぶのが精一杯ですね。ちょっと退屈。

波紋の元を辿っても、「お前、誰?」という若者ばかり。顔と名前が覚えられないのは、どの子も似たり寄ったりで、突き抜けた個性がないからです。



次から次へと「みんな似てるけど、ほんのちょっと違う」子たちが現れて、前にどっかで聞いたことのあるセリフを垂れ流してる。
彼らは一様に低い方へ低い方へと流れて、やがて社会でも底辺なのにネットですら底に溜まって沈殿していきます。
芸能人や芸人なら再ブレイクという可能性があるけれど、己を厳しく律する術を知らず、芸を磨く努力を怠り続けるネット芸人に再ブレイクの光は差しません。


ブロガー界隈の「お仲間ビジネス」のやり方は、パチンコに似ているように思えます。
初見の客には「打たせる」のです。いわゆる「ビギナーズラック」というフィーバーを経験させて、高揚感と「儲かる」という成功体験を存分に味わわせます。
カモが気を良くして足を運ぶうちに玉は出なくなるのだけど、儲かった成功体験への未練と、「次こそは」という期待と、負けが込んでくると損を取り返そうという意地で、どんどん時間とお金と人生を注ぎ込んでハマってまう。最終的に儲かるのは胴元だけ。


「ブロガー界隈」は、新人が大学を辞めたり会社を辞めると皆でこぞって褒め称え、仲間として迎え入れ、小銭の稼ぎ方を教え、投げ銭で支援しますよね。
その流れで首尾よく自称インフルエンサーのサロンに入会したら、一丁あがり。あとは一兵卒として仕上がったカモが必死に小銭を集めて、せっせとサロン上層部に上納してくれるようになるのだから、なんてシステマティックなのでしょう。

奴隷のような生き方ってこういうことを言うのかしら?
パチンコ依存症ならぬサロン依存症、それともインフルエンサー依存症って言った方があてはまるかな。


私が奴隷マインドで古い生き方をしているのなら、さしずめ彼らは奴隷マインドで新しい生き方をしているのでしょうね。
彼らの「意識高い系」と言われるポエムや支持するインフルエンサーを讃えるツイートの数々は、さながら「新奴隷宣言!」といったところ。



そんな新奴隷類の彼らの行く末を描いたようなこちらの小説が、とても面白かったです。

こちらの書評を目にして、面白そうだったので買いました。

こちらから→"SNSにおける小さな快楽”の先にある真っ暗な闇ー『静かに、ねえ、静かに』の読後感の悪さ

私はKindle版でさらっと読みました。



静かに、ねぇ、静かに
本谷 有希子
講談社
2018-08-23




短編集なのですが、冒頭の「本当の旅」が良かったです。
アラフォーの男女3人組が安っぽい旅をしながら、自分たちの惨めさには必死に気づかないふりを続け、キラキラしているように見える瞬間だけを切り取って「現実」を作り、自分たちのいいヴァイブレーションとやらにしがみついているうちに死のドライブから逃げられなくなっていく。

彼らを待ち受けるのは凄惨な死であろうことが予見されて、その悲惨さに真っ直ぐ突き進んでいく様子はありえそうなホラーです。


ただ、私が本当に怖いと思ったのは、小説に描かれない「その後」の方。

もしも実際に彼らのような人たちが悲惨な死を迎えたとして、その事件が公になったとしても、世間の同情どころか関心すら集めることはないだろうという確かな予感を覚えることが静かに怖い。

彼らを襲ったのは「理不尽な死」ではなく、「当然の結果」だと受け止められ、そういう世間の反応もまた、「当然のこと」だと受け入れられるのです。

誰も彼らの身に起こったことを憐れまない。ただその愚かさを憐れむだけ。その世間の冷たさが怖い。


ネットでイキる新奴隷類の子たちを観察している大人たちにとって、彼らの様子を眺めるのはホラー小説を読む面白さに似た楽しさがあるのではないかなと、本を読みながら思いました。
ネットに大々的に公開されている、「破綻を予感させる人生の物語」を私たちは楽しんでいるのです。その嫌らしさが、また怖い。