◆思考停止している方からメッセージをいただいたのでブログで回答します


ささささささ寒いですね!
何もかも放り出してこたつでうずくまっていたくなる寒さです。
明日からセンターなのに明日も寒そう。

遂にセンター試験かぁと思うと何となくそわそわして落ち着きません。だけど、私が受験するわけじゃなし、ただもう無事に済むのを祈って結果を待つだけです。

そんなわけで、落ち着かない心持ちでいるので暇つぶしにブログを書くことにします。



昨日のことなのですが、匿名で以下のようなメッセージがブログに来たので、回答を記事にすることにいたしました。

私はブログに来た読者さんからのメッセージには、返信先のメールアドレスが書かれている場合お返事を差し上げておりますが、それは顔の見えない相手といえども礼節を持って接してくださる方に限ります。

私も大人ですから礼には礼を持ってお返しするマナーは持ち合わせていますが、残念ながら器が小さいため無礼な相手にも礼を尽くすことができるほどの寛容さはございません。


昨日メッセージを送って来た方は、受取人に対する敬称もなく、名乗りもせず(実名を名乗らずともハンドルネームでもいいのです)、挨拶もなく、マナーを無視したメッセージを送ってこられましたので、返信先のメールアドレスは書かれていましたが、非礼には非礼を持ってお応えすべくメッセージの内容を公開し、記事にて返答することにしました。



Posted by 素朴な疑問ですが

M氏の奥様とは面識がおありなのでしょうか?
文面から察すると、おそらく本人に直接お会いしたことはないのでしょう。


“だいたい私、あなたの奥さん前から嫌いなのよ。
今の時代に3千万の年収があって、惜しみなく贅沢な生活をさせてくれる夫がいるなんて、それだけで恵まれてるんだから文句言わずに神様に感謝しろよと思う。

主婦業してるといっても夫は1年の半分も日本に居ないし、子育ても介護もしてないってのに、毎日ずっと一人で家にいるなんて暇じゃないの?

それで自分の「女」を持て余して困ってるなら、せめて外に男でも作って欲求不満は解消してくればいいのに、年取ったBBAのくせにまだ自分が男に求められる「いい女」のつもりで、無駄にプライドが高くて受け身だから、出会いがなくてそれすらできないんだよ!”


法律違反を犯したわけでもない、道徳に反する事をしたわけでもない。世間に害悪を与えるわけでもなく、自分に何の害を及ぼした事もない。なんでもないイチ女性をなぜそこまで憎悪し、罵倒する事ができるのでしょうか?

美貌とお金を持ちえた女性に対する、下衆な嫉妬なのでは?


いやー、びっくりしちゃいました。。。(((( ;゚д゚)))

一体どこをどう読めばMの奥さんに私が嫉妬していることになるのでしょう?
Mの奥さんて嫉妬する要素がない女性ですよね。


もちろん前回の記事に書いたように、Mの奥さんを羨ましく思ったこともかつてありましたよ。まだ私が若く、世間知らずだった頃のことです。

子供の頃に「アリとキリギリス」は何度も読んでいたけれど、遊び暮らしているとろくな者にはならないし、ろくなことにもならない。
楽をして生きたしっぺ返しは後々払うことになるのだと、まだ身に沁みて知らなかったのです。

若さはいつかなくなるということは一応分かっていたけれど、美貌の資産価値は人生の半ばでゼロになるということをちゃんと理解していなかったので、若かった私はMの奥さんを「幸運な人で羨ましい」と思えたのでしょうね。



私は子供であった頃から、よく父親に


「外見ばかり磨くな。頭の中を磨きなさい。
知性が光る会話で相手を楽しませることができる女性は、50歳を過ぎようといつまでも魅力的でいられる。逆に、どんなに美人だろうと口を開けば中身がないと分かる女に魅力は無いんだ。
頭が空っぽでも若いうちはまだいいが、そのまま歳をとったら誰にも見向きされなくなるぞ」


と言われて育ちました。
しつこいのでうんざりしましたが、何故父が口を酸っぱくして娘にそう忠告をくり返していたのか、今では理解できます。



私はこのメッセージを送って来た方に対して、最初は「読解力のない人だな。どうして子宮系やキラキラ起業系、一部のスピリチュアル系の人たちは、事実の指摘や真っ当な批判に対して、毎度短絡的に『嫉妬している!』と考えるのだろう」と思いました。

けれど、私の説明不足もあったかもしれません。



まず、細かく説明していくと、私はMの奥さんを「憎悪」していませんが「嫌悪」はしています。

何故なら、心身が健康な成人であるにも関わらず、働きもせず、次世代を育てることもせず、毎日ただ遊び暮らしているのに、その暮らしを支えてくれているパートナーに感謝するどころか、顔を見れば更なる要求を重ねて不平不満を言うようなあつかましい大人を、私は好きになれないからです。


また、一昨年他界しましたがMには要介護の母親が居て、施設に入所していました。
何不自由ない高級老人ホームとはいえ、施設に入れておけば介護が全く必要ないというわけではありません。定期的に訪ね、必要なものを届けなければなりませんが、Mの奥さんは姑の介護に一切協力しませんでした。

もちろん介護は専業主婦の役目だとか、姑の介護を嫁がするのは当然だなんてこれっぽっちも思っちゃいませんし、Mの親なのだからMが面倒見るのが当たり前だとは思いますよ。

けれど、親の介護はできる範囲でお互いに協力し合うのが、夫婦だし家族の役目じゃないのかなと私は思いました。
だってMは1年の半分以上を海外出張で飛び回るような激務をこなしている一方で、奥さんは毎日予定が何もないのですから。


もちろん嫁姑に確執があったのかどうかまでは聞いていませんし、「親の面倒はそれぞれ別にみる」という主義でもいいと思います。

けれど、Mの妻は自分は夫の介護に非協力的であったのに、Mに対しては「私の実家と家族を大切にしろ」と要求していました。随分不公平ですね。


私はそうした話を聞かされて総合的に判断し、Mの奥さんは人間としてどうなのかと感じていました。
だから彼女が夫に愛想をつかされるのも、別の女性に心を移されるのも、冷たくされるのも当然の結果だと思っています。微塵も同情できません。


あの時Mと話をしていて私が思わず語気を荒げてしまったのは、Mの奥さんにではなく、Mに対して腹立たしかったからです。

彼が私に愚痴っぽいメールをしょっちゅう送って来ていた頃、私は前の夫と修羅場を迎えていました。
やがて別居し離婚に至るのですが、私の家庭の状況も伝えてありました。
彼は彼で激務に加えて更年期、夫婦不仲のトリプルパンチで珍しく弱っており、誰かに話を聞いてほしくても私の他に気のおけない話し相手がいなかったのかもしれません。

Mには社会的立場があり、身近な人たちには愛妻家で通ってましたから、遠く離れた場所に住み仕事上の接点もない私にはべらべら喋れることでも、周囲にうっかりしたことは漏らせなかったのでしょう。


けれどその時の私はそれどころではなかったのです。
そして、今それどころじゃないと伝えていたのに察することができないMに腹が立ったので、失礼だけど本当のことをぴしゃりと言ってやったのです。


これは反省を踏まえた告白ですが、私も前の結婚ではMの奥さんと同じ穴のムジナだったなと今では思います。
離婚から時間が立ち、再婚して今が幸せだからこそ冷静になって過去を振り返れるのですが、私も自分の人生が不幸に感じられてしまうのを、前の夫のせいにしていました。
離婚に至る原因も、元はといえば全部旦那が悪いのだと考え、そう責めていました。


けれど、違うのです。間違っていました。
もし私の人生が不幸だったとしたら、それは私自身の責任でした。

離婚の原因はたくさんありますが、決定打は、私たちがお互いに、「こういう生き方をしたい」「こういう場所で、こういう風な暮らしがしたい」という理想や基準が全く違ってしまったことです。
そして、それはどちらのせいでもなかった。

それぞれが、自分はどう生きたいのかを考えた末に、求める幸せが全く別のものだったので、二人でそれ以上一緒にいることが不幸になってしまったというだけのこと。
不幸な気もちと生活の不安に追い詰められて、お互いにひどいことを言ったりしたりしましたが、それは表面的なことです。

双方に責任はあれど、一方が悪いわけでも、両方が悪いわけでもなかった。ただ、そうなるしかなかっただけのことだったのです。


私も幸せなように、前夫も今では希望の仕事に就き、新しい家庭を築き直して幸せに暮らしています。
双方が幸せなので元夫婦仲も良好です。だからこそ私も素直に間違いを認め、反省することができました。



上記のメッセージをくださった方は、自分と全く関係のない女性についての話に、なぜそうも反応してわざわざメッセージを送らずにはいられなかったのでしょうか?

もしかして、仕事もせず子育ても介護もせず、今では夫にすら求められず、全く社会に貢献せず無為に生きているMの奥さんと同じ生き方をしているので、ぐうたらな生き方を攻められると



下衆な劣等感を刺激されるからですか?(⌒∇⌒)



私はMの奥さんに対して下衆な嫉妬はしていませんが、彼女がこれからどうなってしまうのか下衆な興味はシンシンです。(* ̄∇ ̄*)エヘヘ


子宮系のヲチと同じで、一人の人間が不幸になってゆく様子をリアルタイムで知ることができるのですからワクワクしますよ。(* ̄∇ ̄*)エヘヘ



けれどもし、Mの奥さんが夫に期待するのをやめ、人生をやり直すのはこれからでもまだ全然遅くないと気がつき、どんな道でもいい。
たとえ初めはよたよたとふらついてしまっても、自分の足で自分の人生を踏みしめて歩き出したら、私はきっと彼女のことが好きになると思います。