◆ご親族の方からメッセージをいただきましたのでお応えします


おはようございます。今日から師走ですね。
1年を振り返る時期ですね。


さて、実は2日前のことですが、私がこのブログにてヲチ物件として言及した方のご親族からメッセージをいただきました。

「公表しないで欲しい」というその方のご希望に添い、メッセージをくださった方の身元に関してここに書くことはできません。
ですので、私が今までに書いたことのあるどの人のどういう関係の方かについてもこの場には書きませんし、お尋ねされてもお答えできません。


私のブログは、私と考えを同じくする方々にはお楽しみいただいておりますが、ご親族の方がお読みになって楽しい内容ではございません。
子宮系、キラキラ起業、ペテン系コンサルなど、私にとって彼らが全くの赤の他人であることをいいことに、失礼なことをたくさん書いていますから。

その方も落ち込まれたようでした。
ですが、そのことで私がお叱りを受けることはなく、ブログで知ったことも多いと感謝していただきました。


自分とは関わりなければ笑えるペテン師達の与太話や騒動も、いざ自分と近しい人や血縁関係にある人が巻き込まれたり、あるいは中心人物であったりすると、笑い事ではありません。

その方も身内の方が詐欺まがいのビジネスに手を染めたことに心を痛め、また「あの優しく、真面目に生きてきた人がどうしてこんなことになったのか」と悩んでおいででした。


その上で、私に対し


「真面目に生きてきた人々が、何かをきっかけに金の亡者に言葉巧みに騙されて人生を狂わせてしまうということ。
地道に生きることは素晴らしいということ。

このことについて警鐘を鳴らして欲しいと願っております」(原文ママ)



と、期待を寄せていただき、ブログを応援していただきました。ありがたく存じます。



その少し前に、学生時代からの恩師からもメッセージをもらっていました。
私のブログを楽しく読んでくださっているとのことでしたが、私が「そもそも私が加美 大輔氏を知ることになったのは、学生時代に一緒にお世話になってたK子が彼の投稿にいいねをしたりコメントしていたからです」と返信すると、「なぜ!!!???」と仰天していました。

恩師が知る、そして私が知る学生時代の彼女は、立派な両親のもとで恵まれて育ち、高い教育を受け、教養も高く、倫理観の高い真面目な努力家で、未来への希望と野心に溢れる賢い女の子だったのですから。


それが40代半ばにもなって、子宮委員長はる、はるの夫であった心身調律セラピスト岡田哲也、性愛セラピストマスタートレーナー田中みっち、藤本さきこ、小田桐あさぎ、そして加美 大輔。
あの聡明だった彼女が次から次へと子宮系教祖やペテン系自称ビジネスコンサルに傾倒するとは、一体誰が想像できたでしょうか。


今回の記事を書くために、以前友人K子からもらっていて未開封だったメッセージを読みました。
私がブログで批判を続けている子宮系やペテン系に、自分は決して深入りしているわけではない。私は誤解しているし、批判は的外れであると書かれてありました。


いつか目覚めるとまだ淡い期待を捨てずにいますが、やはり今は分かりあえません。
子宮系やペテン系コンサル達の荒唐無稽なブログを愛読したり、Facebookのポエムをいいねと思ったり、それにつられてセミナーに参加したり、お金を払ってサロンに通ったり、「誰か一人に心酔しているわけではないから」と本人には深入りしているつもりがなくても、そうした行為自体がもう頭がどうかしているとしか思えないのです。


だって、そうでしょう。
あの界隈の自称コンサルタント、トレーナー、アドバイザー、セラピスト、アーティスト、事業者は、



全員もれなくド三流 です!!!



発言に耳を傾ける価値のある人物は一人もいません。

しかし彼らにはずる賢さだけは多少ある。
そして自分たちが、まともな人たちが働いている一般社会では通用しない三流だという自覚もある。
だからこそ彼らのカモは自分たち以下の情報弱者や落伍者、そして不器用な人生の迷い人たちなのです。

ド三流でも相手にするのが藁にもすがる思いでやってくる底辺の人間や、正常な判断力を失っている迷子ならくみしやすいですからね。


何のイベントのいつの投稿だったか忘れましたが、カミサマの奥様である加美 輝世さんがFacebookに投稿していていました。
夫である加美 大輔氏、そのビジネスパートナー田村 隼人氏、コラボ相手である山村沙織さんのことを、「トップ オブ トップの3人」だと。

ええ、認めましょう。
彼らが掃き溜めにそびえるゴミ山のトップオブトップ だということは、認めざるを得ない事実です。


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ペテン師たちは非常に巧妙です。
人間が誰しも内に秘めていて、生涯手放すことの出来ない欲を巧妙に突いてくる。


「月に2日しか働かないのに月100万稼げます」


など、努力することなく働きもせず簡単に認められたい、お金が欲しいという、怠惰と強欲を煽る投稿をよくしていますよね。


「今のあなたのままで、変わろうとする努力をしなくても自然にモテる。愛される。美しくなる」


は、どうですか? 
怠惰と承認欲求、特別な存在になりたい選民意識をくすぐられませんか?


「あなたが自分で気づけない才能を飛躍的に伸ばし、1ヶ月で月7桁事業者になれる。2ヶ月で8桁事業者も夢じゃない」


もしそんなキセキが本当に起こったら、今まであなたが羨ましく眺めていた人たちに追いつき、追い越すことができますね。あるいは自分を見下していたやつらを見返すことができますね。
どうでしょう。嫉妬心が晴れて傲慢な心を満たすことができるのですから、思わず誘惑にかられませんか?


真面目にコツコツ生きてきたのに報われていないという不満がくすぶる心に、


「あなたの知らない秘密があるんですよ。私に付いてきてその宇宙の法則を知れば、別の世界への扉が開きます。僕らと一緒に奇跡を共有しましょう」


と吹き込まれたら、夢を見てしまいますね。


そして人が最も耐え難いもの。「孤独」にアプローチするのが手っ取り早く有効だと彼らは知っている。
だから、「愛」という言葉を多用し、パートナーシップを語りたがり、「仲間」という言葉で惑わせにかかるのです。



ペテン師に引っかかるのは地味な人が多いので、周囲の人間は困惑します。

「あの人がなぜ?それまでずっと真面目に生きてきたのに」

と。

真面目だからこそ、ではないでしょうか。
というのは、ずっと真面目に生きてきたからこそ、それまでの人生で不道徳な行いはしてこなかったのです。
そこに付け入られる隙があった。



・真面目だったので、親の悲しむことはしたことがなかった(反抗期がなかった)

・誠実でない恋愛をしなかったからこそ、付き合った人数やセックスの経験が少なくウブである

・堅実に生きてきたため贅沢を知らない

・享楽に耽った経験がないので、欲望に従うことに憧れがある

・真面目だったのでちゃんと勉強もしたし、堅い仕事についているからこそ日常が退屈



私の周囲を見渡しても、思春期青春期に親への反発が大きかった人ほど、中年になった今では「若い頃には苦労をかけた」と親孝行になっていて、親との関係に悩んでいる人は居ません。


恋愛やセックスの場数を踏んでいる人は、パートナーシップや性愛の極意を他人に学ぼうだなんて思いません。


きちんと働いて見合った収入を得ている人や、仕事の厳しさとやりがいを知っている人は、月に数日しか働かないのに月収100万円だとか、起業したてて黒字だなんて真っ赤な嘘だと見抜きます。


本当の贅沢を知っている人や、本物のお金持ちは、SNSに投稿されているハリボテの金持ちアピールに釣られることはありません。


欲望の赴くまま享楽に耽った経験があれば、それが真に心や人生を満たすものではないと知っています。


刺激的ではあるけれど、明日をも知れない生活をしている人やしてきた人は、「平穏な毎日」に感謝こそすれ退屈だとは感じません。



人は誰しも自分が知らないことに対しては好奇心とコンプレックスがあります。だから好奇心をくすぐられコンプレックスを刺激されると、あっけなく流されてしまう。
ごく普通の人が一見華やかそうに見えるキラキラSNS詐欺に引っかかる所以です。


「ペテン師に引っかかって少々お金と時間を無駄にした」

だけのことならまだいいですし、大半の人はその程度の怪我ですみます。
ですが人によっては真面目がいき過ぎて、ペテン師に言われた通りにせっせと布教活動に努めてしまったり、勢いづいて自分自身もペテン師のコピーになってしまう。

今後どのような結末を迎えるにせよ、真面目な人が真面目に頑張った結果なのですからやりきれませんよね。

いつかご本人が目を覚まし、大金をだまし取った結果になってしまった人たちに謝罪し、ご家族ご親族にも頭を下げ、罪を償われることをお祈りしています。



話は変わりますが、今年の春に、いよいよ受験生になる息子と今後の進路だとかについて色々な話をしました。
息子が、

「少し前までは何だか普通に生きるのがカッコ悪いような気がして、周りとは違う何かを求めている時期もあったけど、今では普通の生き方を無難にこなせる能力があることが心地よいと感じている」

と言った時、私は


「あのね、普通じゃない成果をあげたり普通じゃない経験ができるような普通じゃない生き方というのは、結局のところ普通の生き方をコツコツと積み重ね、やがて積み上げた先にあるものなんだよ」


と、返事をしたくて、喉元まで出かかっていたけれどぐっと飲み込みました。
それは生きていく中で彼自身が自分で見つけなければならない答えであり、親が先回りして教えるべきことではないからです。