◆未読無視

こんにちは。雨も降らず晴れもせず、高知は微妙な空模様の週明けです。

微妙と言えば、微妙な方からFacebookに友達リクエストをいただきました。

ハンドメイドビジネスマスターという、こりゃまた名乗ったもん勝ちだなという何の実績もないらしい肩書きをお持ちの方です。
「売れるハンドメイド教室」を運営なさっているようです。すごいですねー。売れるんですねー。

ご本人はそこまで売れそうにない感じの作品を作っていらっしゃいますが、ものは見かけによらないものです。きっと私には分からない魅力がいっぱい詰まった素晴らしい作品なのでしょう。
何事も自分の主観で判断してはいけません。



まあ、ただですね、何と言いますか、あのぅ、
友達リクエスト送る前に相手(私)のブログ読みました?



いや、まあ、もし読んでいてリクエストを送ってくださったならむしろ友達になりたいです。かかとの角質くらい面(ツラ)の皮が厚いのでしたらおみそれいたしました。
それだけの資質がおありなら、きっと競争が激しいセミナー講師業界でも成功なさることでしょう。私が保証します。
私の保証なんて何の価値もございませんが、悪しからずご了承ください。

いまのところは先方がどのようなおつもりなのか分かりかねますので、承認せずにリクエストは無視しています。


さて、無視と言えばFacebookメッセンジャーにまだ読んでいないメッセージをもう1ヶ月以上も放置しています。いえね、友達からのメッセージなんですけどね。

子宮委員長はる、はるの元旦那岡田氏、布ナプキン屋藤本さきこ、加美 大輔といった子宮系教祖たちにすっかり心酔してる友達です。
なんせ19歳の頃からの付き合いなので、かれこれ歴史は22年。今現在がどうかと言うことよりも、若く青かった人生の一時期を共に過ごした時間の輝きと、流れていった年月の厚みからまだ彼女のことを友達だと思っています。


でもね、今の彼女とは話をする気がどーしてもしない。


メッセージを受け取った日は、屋外イベントに出店してヘトヘトに疲れてる時だったので、「ちょっと今はかんべんしてよ」とメッセージを開けられずにいましたが、結局後になっても読む気になれず未読無視ゴメン


どうやら私がブログで子宮系をディスっていることへの抗議らしいので、それなら話しても無駄ですよね。
彼女は私が何も分かってないと思ってるし、私の方では今の彼女を気持ち悪いと思ってる。22年の友情でさえこの隔たりには橋がかかりそうもありません。

わたくしの母校、武蔵野美術大学でさえ隣接する朝鮮大学校と橋をかけたと言うのに、今の私たちは日本と北朝鮮以上に分かり合えないとは。


子宮系スピリチュアルは私から見れば、教祖も信者も男とセックスとお金を追いまわしてる性のよろこびおばさんの集団です。


40歳を過ぎた友人がそんな集団の一人になってしまったら、少なくとも今の時点で話すことなんてないですよ。


20年前は違いました。相手が間違ってると思ったり意見や考えが対立した時は、お互いに言いたいことを好きなだけ言い合って、最後にはお互いがヘトヘトになって双方黙るまで喧嘩するパワーがありました。

でも、今の私は友達とぶつかるエネルギーの余力がありません。
40歳過ぎてからは目見えて気力体力が衰えてますし、いま私の最優先課題は子供達の受験と進学のサポートです。

ご飯を作る回数は日にもよるけど、毎日家族のために朝ごはん作って、お弁当作って、お昼ご飯作って、子供が塾へ行く前の夕食作って、晩御飯作って、塾から帰ってきてからの夜食作って、一日中「何作ろう」ってご飯のことを考えてます。



だから人生の設定変更より、炊飯器の設定変更。

マインドブロックを外すことより豚肉ブロック切り分ける方が大事なの。


彼女がこのブログまた読みにくるか分からないけど、ここに書いておきます。

わたしたち今は生きてる世界と見えてる正解が違い過ぎちゃって、きっともう言葉も通じない。だから友達なのに悪いんだけど、メッセージ送ってこられても読む気にならない。
これ以上嫌いになりたくないから、このまま読まないつもり。



だけどね、これで私たちのご縁もお終いとは思ってないよ。
私は和裁教室に通っているのだけど、先生は80歳だし、生徒も60代70代のおばあさん世代が中心でね。
そこには大学まで出た人、中卒の人、一生独身で働き続けた人もいれば、お金持ちと結婚して資産家になり悠々自適のマダムもいる。
高知から一度も出ずに人生を過ごした人もいれば、親が倒れて戻らなければならなくなるまで東京で働き暮らした人や、海外で生活してきた人もいる。
子供のある人ない人、孫のいる人いない人、十人十色だけれど、女の人生もそこまでくると立場の違いや生き方の違い、経験の差なんかもうどうでもよくなっているみたい。



長く生きていると、どんな生き方を選択したにせよみんなそれぞれに色んなことがあって、それでもその歳までどうにか生きてきて、生き方のまるで違う者同士が今は同じ空間で昔話をしながら笑いあって着物を縫ってる。
ここまで来るとようやく女たちには隔たりがなくなるんだなぁと思う。


みんなもうこれ以上多くの着物を縫っても着るあてなんてないのだけど、「高知は南海トラフの地震と津波がそのうち来るじゃない。そしたら着物はみんな太平洋の波にさらってもらうのよ。」なんて言っている。


学生時代は割と似た者同士だったのに、いつしかまるっきり生き方の違ってしまった私たちだけど、いつかそんな風にすべてを海に流して「若い頃にはそんなこともあったねぇ」と笑ってお喋りできたらいいね。