◆痴漢に恋して

みなさん、こんばんは。

最近電車の痴漢がよくニュースで取り上げられて問題になってますよね。痴漢の疑いをかけられた男性が線路に飛び降りたといったニュースが連日報道されています。
一方で痴漢に間違われる冤罪被害も世の真面目な男性方を恐怖におののかせているようです。


電車の痴漢がニュースになると、私はいつも電車の痴漢に恋した友人を思い出してしまいます。

彼女の話は以前にも書きました。→「私はいい女」モンスターだった彼女は幸せになったのだろうか?


かつてママ友だった彼女は子供が生まれてからずーーーーーっとセックスレスだった夫との離婚が決まってからというもの、失われた女の時間を取り戻すべく恋とセックスのパートナーを探していました。

美人だったのですが、一見若々しくとも実年齢はすでに30代も半ば。今更若かった頃のようにはモテるはずがありません。
しかし自分は容姿も頭も性格も他人よりはるかに優れていい女だと信じて疑っておらず、イケメンでデキル男じゃないと自分には釣り合わないし、自分と付き合うことになった男は必ず自分に夢中になるはずだと根拠のない自信を持っていました。


けれど、手始めに落とそうと手を出した年下の男の子(婚約者あり)には振られ、セカンドバージンを捧げた学生時代の元彼(妻子あり)には逃げられてしまい、失望して自信を無くしかけていたところへ彼女の心に再び自信とときめきの火を灯した男性が現れました。

そう、それが電車の痴漢です。彼女は親しみを込めて彼のことをこう呼びました。



電車の君(でんしゃのきみ)


と。


離婚後の母子の生活を支えるべく、東京の都心で働き始めた彼女は満員電車に揺られて通勤するようになりました。通勤ラッシュで身動きが取れないほど電車の中はぎゅうぎゅう詰めなのですが、ふと気がつくと毎日同じ男性が彼女の真後ろか真横に立って居ます。
中肉中背で顔もごくごく普通の30代のサラリーマンだったそうです。


ぎゅうぎゅう詰めなのですからもちろん二人の体はぴったりと密着します。おりしも季節は夏。
お互いに会社へ着くまでスーツのジャケットは脱いで半袖シャツ姿ですから、素肌の腕と腕が触れ合うたびに彼女の胸はときめきました。

どんなに離れていようとも、毎朝彼女の姿を見ると彼は満員の車両の中で人をかき分けて進み、ぴったりと彼女に張り付きます。
胸の膨らみに腕を押し付けたり、スカートの中に手を入れるような無粋なことはしなくても、毎日必ず背後か横に立って体を押し付けてこられたら、私なら恐怖し通勤時間かルートを変えますが、彼女は毎朝彼がそうして体を押し付けてくるのを楽しみにしていました。


そしていつしか目で挨拶を交わす仲となり、自分の行為が悪く思われていないばかりかどうやら好意を持たれているらしいと確信した痴漢は、ある日彼女に声をかけます。名刺を渡して、「よかったら飲みに行きませんか?」と。


彼女は、「やったー!ついにこの日が来た!」と有頂天でした。
電車の君に誘われるのをずっと待って居たのです。
二人で電車を降りて、混雑する駅のホームで大勢の人たちが二人の前と後ろと間を行き過ぎる中で、まるで映画のワンシーンのようにドラマチックな瞬間だったと、のちに彼女は私に話しました。



彼(電車の痴漢)は運命の人だと確信したわ。


と。


それから二人はすぐさま携帯メールで連絡を取り合い、彼女は娘を元夫に預けていそいそと飲みに出かけました。
居酒屋に入って席に着くなり彼は言ったそうです。


「僕には妻がいる。」


…。

私なら「自分は既婚であるから、君とはぜひ楽しい時間を過ごしたいけれど深入りするつもりはないし、深入りしてくれるな」という予防線を張ったと受け取りますが、他人より性格の優れた彼女は違いました。


「彼は妻の存在を隠して私と付き合うことはできないんだわ。なんて誠実な人なのかしら」


と、受け取ったそうです。

彼が誠実に妻がいると告白してくれたのだから、私も誠実に向き合わなくちゃいけないと覚悟を決めた彼女は、自分も結婚していること、けれどすでに調停もすみ離婚届を出す直前であること、自分には子供がいてまもなく母子家庭になるということ、そして彼女は自分という人間について、これまでの人生について長い話を始めます。
何故なら私という女も彼と同じくらい誠実で真面目なのだと彼に分かってもらいたいからです。



おおっと。。。

私が相手の男性ならこう考えます。
スケベ心で小綺麗な女を痴漢して、うまくやったつもりがなんてこった。とんでもなく重たい地雷を踏んじまった。これはアルフレッド・ヒッチコックも真っ青なサイコ・サスペンスの展開だ。

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アンソニー・パーキンス
2013-11-26



誠実に向き合う覚悟を決めた彼女は年齢も明かしてくれました。
「なんだ、もっと若い女だと思っていたら年上のババアだったか。。。」

と、彼が思ったかどうかについて私は知りません。



それでも彼は気を取り直して、

「僕は普段こんなこと(電車の中で女性に体を寄せたり、ナンパしたり)は絶対にしない。←ウソつけよ こんなことをしたのは君が初めてなんだ。←ウソつけよ 二人の間には運命を感じる ←ウソつけよ

と口説きにかかります。



彼女は

「私もあなたとのことは運命だって感じていたの。嬉しい。あなたも私と同じことを考えていたのね。私たちの誕生日が近いのも運命ね」

と、初恋に恥じらう女子小学生のようにこたえます。



私があれほど「今回こそデート初日は何もしないで帰ってこい」と忠告していたのに、彼女は「僕は今夜このまま帰れないよ。だって僕たち運命なのだから」という、随分と男に都合のいい運命の波にさらわれてラブホテルへと流されました。
彼は情熱的だったそうです。

そりゃそうでしょうね。2度と会う気がないのだから、1回で元を取らなきゃいけません。


彼女が幸せでぼんやりする帰りのタクシーの中で、彼は左手の薬指に隠していた結婚指輪をはめ直し、奥さんに「今から帰る」と電話を入れたそうです。
私なら、男として最低な振る舞いをわざと目の前ですることで「楽しかった。これにて永遠にバイバイ」という意思表示と受け取りますが、彼女は奥さんに対して優越感を感じたそうです。そして、タクシーを降りるなり彼にメールをします。

「今夜はとっても楽しかったです!」


情事で火照った彼の背中には冷たい汗が流れました。…かどうかは知るよしもありませんが、翌朝の通勤電車に彼の姿は見当たりませんでした。


彼女は彼が電車に乗ってこなかったのでがっかりしました。何故なら今日からは電車の中でただ体を触れ合わせる見知らぬ他人同士ではなくなったのです。二人は恋人同士になったのですから、これからの通勤電車は今まで以上に楽しいはずです。

彼女には彼と話し合いたいことがたくさんありました。
彼女の方は離婚目前とはいえ彼の方は既婚者です。彼は運命の恋のためにこれから奥さんと別れなければいけません。
それは険しい道ですから二人でしっかりと話し合い、協力して未来に向かって進んでいかなければ乗り越えられないでしょう。自分には子供がいて自由ではないし、彼の離婚が成立するまではどうやって愛を育み逢瀬を重ねていくか、彼の意見や都合も尊重したいと思っています。


珍しく電車で会えなかったので、彼女はメールをしました。


「今日のお昼休みにお互いの会社の近くで待ち合わせませんか?ドトールでコーヒーを飲みながら15分お喋りするだけでも会いたいです。昨日はご馳走してもらったので、今日のコーヒー代は私がおごりますね!」



彼女のメールはどうして「!」マークが多いのでしょう。
メールの文面に「!」マークを見るたびに、彼の気持ちは追い詰められます。あぁ、どうしよう…。


「ごめんなさい。忙しくて」

と、手短に返信するのが精一杯でした。



「気にしないでください!また明日の朝電車で!」


彼女からは5分とおかずに即レスが返ってきます。



次の日も彼は電車に現れませんでした。その次の日も、そのまた次の日も次の日も、彼は電車に乗ってきませんでした。

思いを募らせた彼女からは電話もかかってきましたが、もう彼にはその電話に出る勇気がありませんでした。


察しの悪い彼女もさすがに彼が電車に乗ってこなくなり(移動になって勤務先の支社が変わったため通勤ルートが変更になったと説明)、どう誘っても2度と会おうとせず(仕事が忙しいと説明)、メールにもだんだん返事がなくなり(説明なし)、電話も無視されるようになって(音沙汰なし)数ヶ月後に、どうやら自分が振られたらしいことが分かってきました。


友人であった私は「いくら不幸な夫婦生活で長期間飢えていたからといって、電車の痴漢に恋するなんて判断力失いすぎ」という失言が決定打となり彼女に絶交されましたが、彼女は私に


「5年後になるかもしれないけど、彼は私に連絡をくれると思う。だって私たち運命なのだから」


と最後まで言っていました。
あれからもう5年以上経っていますが、運命の二人は電車以外の場所で再会したでしょうか?


朝の通勤電車で繰り返し痴漢した女にマジ惚れされるなんて、AVのシナリオでしかないお話のようですが、これは本当にあった怖いお話です。



マイケル・ダグラス
2013-11-26