■ブログは明るいうちに書く

お久しぶりのブログ更新です。こんにちは。
何度かお話ししてますが、ブログは更新しなくても毎日500人前後の訪問者がいて、月々おやつ代程度の収入もあるのでつい、「まあ、必死になって書かなくても安定してるし、所詮はブログ。書き始めた頃と違って今はもう商売しているわけでもなし、たかだがブログなんだから書きたい時に書けばいいじゃんねー。」
というゆるい心構えになり、近頃更新は週1ペースですね。
で、午前中に時間のある時に書くようにしています。夜に書くと眠いし疲れてるしでどうも文章が攻撃的になりがちなので。


ブログ書かないで何してるかというと、普通に日々の生活を営んでおりますよ。
春になりイベントシーズンになったので、日曜日には2週連続のおびさんマルシェもいつも通りスッタフとして行ってましたし、土佐のおきゃくではバイト先レストランの送別会があって、初めておきゃく電車に乗りました。

送別会は楽しかったけど、路面電車の中で宴会ってちょっと落ち着かなかったです。

image

皿鉢(さわち)とかめちゃくちゃ久しぶりに食べました。

image


大学生と大学院生のスタッフが卒業で辞めるにあたっての送別会でしたが、春は出会いと別れの季節ですね。
コミュニケーション能力が高く、誰にでも好かれて仕事ができる二人でしたから、それぞれにすんなりと就職が決まり高知を離れて地元に帰っていきます。


ブログなんてやったことなかった私のブログ開設を手伝ってくれ、その後もサポートしてくれてた高知大学院生のO君も今年の春で卒業。彼は優秀なので企業の内定を幾つもとり、最終的には東証一部上場の大企業に就職して旅立ちました。
アドセンスさえなんのことだか知らなかった私は色々と彼に丸投げしてブログの体裁を整えてもらったので、稼いだ収益で最後に高級割烹をごちそうしました。

O君が居なくなってもこの先もこのままの感じでゆるゆるとブログは続けていきます。

ブログってね、鼻息荒く

「ブログで稼ぐ!」

とブログ飯やらプロブロガーやらを目指すと、大半の人は早々に挫折します。
だって、ブログを書いて稼ぐって、お笑い芸人で稼ぐっていうのと同じことだから。だれでもチャレンジはできるし、ごく一部に成功する人はいるけど、大半は食えないままで消えていく。
いっときはもてはやされて人気者になっても、飽きられてしまうのも早い。楽じゃ無いどころか辛いですからね。茨(いばら)の道ってやつですよw
よっぽど好きじゃないと無理だし本気じゃないと無理。

ただそこまで気負わずのんびり書くならブログって楽しいなと思うわけです。気軽に自己表現や情報発信ができて、いろんな人と繋がってコミュニケーションが取れて、ついでに小遣いも入ります♪


まあ、仕事にするのでは無く趣味なら楽しいなんて、何にでも言えることなんですけどね。
 
私の近頃の趣味、和裁もお教室に通って楽しく縫っておりますが、これが意外と縫う以外の楽しみがあるんです。
先生は今年で80歳とご高齢。通っている生徒もほとんどが60〜70代でして、そのなかで私は浮いた存在なのですが、教室のすみで人生の大先輩がたのお話を聞いているのが面白い。
これがもうリアル宮尾登美子の世界なんです。 


高知が生んだ文豪、宮尾登美子さんの作品は、20代の頃に長編小説を読もうとして挫折し、30代半ばに図書館で借りたエッセイを読んで「あまり好きじゃないな」と思ったのですが、あの当時は宮尾登美子文学を理解するには私が小娘だったのでしょう。
40代になった今改めて作品に触れてみたら面白いんですよね。土佐に生きた女たちの気質というか生き様が魅力的です。

特に夫が勧めてくれた短編集が気に入りました。





小説に登場する女たちは、近頃の女たちが夢見るような、「思うままに生きて成功」したり、「素敵な旦那様と結婚して愛されて幸せ」という人生からは程遠く、地べたに這いつくばって土をつかむような人生なのだけれど、不思議と悲惨に感じないのは地に落ちて土ぼこりにまみれながらも立ち上がり前を向く女たちのしなやかな強さのなせる技。
苦労をかいくぐっても女たちが妙にさっぱりとしているのは、この土地の気候風土のせいでしょうか。
それが魅力となって迫ってきます。

今ちょうどアマゾンプライムでは宮尾登美子さん原作の映画が見放題なので、「櫂」「陽暉楼」を観ました。

12

18

「陽暉楼」もいい映画ですが、思いがけず「櫂」がよかったので本も買いました。これから読みます。

櫂 (新潮文庫)
宮尾 登美子
新潮社
1996-10-30



和裁教室の端っこで聞いた老婦人方の話は、家に帰って夫に話すと「面白いね。ブログに書けばいいのに。」と言ってくれたので、また改めて書きますね。