■余計なお世話

ちょっと暖かくなりましたね。いつまでも寒いのは嫌ですが、暖かくなって花粉が飛ぶのも憂鬱です。
さて、今日は最後の確定申告をしに行こうと思います。昨年の5月に廃業したので、 来年からは行く必要がありません。ほっとするなぁ〜。


ここ最近はろくにブログも書かず毎日娘にべったり張り付いて学習指導をしていますが、 その甲斐あって娘の成績は無事に上がってきました。やれやれです。
娘はもともとお勉強が好きなわけでも得意なわけでも無いので、ある程度のところまで伸びたらそれ以上へは行けないだろうけど、いいんです。
べつに向いてないことを無理にやらせて私立進学校へ行かせようとか思ってるわけじゃありません。ただ、小学生レベルの基礎学力と学習習慣は今のうちにしっかり身につけさせておきたいだけなんです。


断っときますが、うちの子は小学校では決して落ちこぼれてなんかないんですよね。成績は普通だけれど勉強について行けてない科目は一個もありません。
それが受験指導塾に入ると高度な授業内容が理解できず、得意科目が一個もなくて成績は下になっちゃう。学校と塾では凄まじい差があるって息子の中学受験の時にも思ったし、小学生の時点で塾に通う子と学校にしか通ってない子との間にこれだけの差がつくのはおかしいとも思ったけれど、私ごときが疑問に思ったところでどうにもならない。
世の中が変わるのを待っていられないから、自分の子供の教育は自分でなんとかしなくっちゃ。


娘の勉強には四谷大塚のテキストを使ってますが、私が中学受験した頃より内容が難しくなってる気がします。
けど、40歳を過ぎてから中学受験レベルの勉強をやり直すと案外発見があって楽しいです。理科や社会は子供の頃って意味がわからないまま丸暗記とかしてたわけですが、大人になってからだとちゃんと物事のつながりが見えるんですよね。
算数も文章題の意味なんかさっぱり分からないまま、解き方だけ覚えてテストを受けるので全く理解していませんでした。
 
それが、娘に教えるために今になって学び直しをしていると、国語算数理科社会はそれぞに大切な科目で、人間を理解し、人が構成する社会を理解し、自然を理解し、論理的な思考力を鍛えるために必要な知識と訓練だったんだなと気付かされます。
えぇ、小学校卒業して30年経ってから気づきましたよ。いや〜、もっと早くに気がつきたかったーw 
私の人生今からではとうに手遅れですwww


それでもね、今から義務教育課程をやり直して人生リセットすることはできませんが、今年から四十の手習いで和裁をやってます。
週に1回お教室へ通って、家でもちくちくしてますが、いやぁ、難しいものですね。今の時代に着物を縫うのは職人(和裁士)さんの専門職ですが、昔は家庭の主婦がみんな自分たちで着物を縫っていたんだと思うと、昔の主婦ってどんだけスキルが高かったんだよと思います。

イマドキの誰でもできるハンドメイドとは違って、頭で理屈を理解するにも手が技術を覚えるのも時間がかかる。こういうのを手仕事って言うんだなと反省を込めてしみじみ思います。
 

便利なグッズや素敵なパーツがたくさん売られていて、素人が簡単に自分の好きなものを作れる今のハンドメイドが悪いわけじゃありません。あれはあれで楽しいものです。
でも手仕事とは言えないし、作家は名乗れないし、仕事にはならないよね。

私は思い違いをしてました。カンチガイの元になったのは、まだハンドメイドブームが来る前にちょちょいのちょいと作ったものが簡単に売れる経験をしてしまったからなんだけど。
 

今ではたくさんあるハンドメイドセミナーやコンサルも、当初私が考えていたものとは違いました。
自分の作ったものが思うように売れない人は、宣伝の仕方や売り方に問題があるんじゃないかと思いたい気持ちはよくわかる。でもほとんどの場合はそうじゃない。


売れないのは需要がないからです。


作ったものが売れないのも、イベントに人が来ないのも、ブログに読者がつかずHPに誰もこないのもそう。答えはすごくシンプル。

魅力がないということではないんですよ。 みんな頑張ってて魅力はある。ただその魅力に需要がないだけ


先生に言われたFacebookでセルブブランディング〜とか、ランチ会とか朝活とか写真セミナーとかブログ講座とか、月5千円の商品1個売るために毎月5万円も経費かけちゃうような明後日の方向へ走る努力を1年以上経ってまだ続けてる主婦作家さんたち。
1年ではまだまだ 、2〜3年継続した努力(?)をして初めてファンができて売れっ子になると信じているのかもしれない。でもね、2〜3年経つ頃には、それまでにかけた経費はもうハンドメイド商品を売って得られる慎ましい利益じゃ回収不能になっているよ。


彼女たちはどうして同じセミナーを何度も受けるのかな、コンサルの先生方に延々とコンサル料を払っちゃうのかな、同レベルの仲間同士でつるんでおだてあって、時には反目しあっていつまでたっても進歩がない。
けれど最近ようやく分かったように思います。
彼女たちがコンサル先生を求める時、欲しいのは「的確なアドバイス」ではなく「満足」にお金を払っているのだということが。

昔のものづくりの現場には師匠がいて、弟子は「こんなもの客に見せられるか!」「半人前が偉そうな口を聞くんじゃねぇ!」と怒られながらものづくりの技術を磨いたのでしょう。今の主婦に比べると格段に手仕事スキルの高かった昔の主婦は嫁入り先の怖いお姑さんからしごかれて鍛えられました。

けれど現代のハンドメイドや趣味起業コンサルの先生方は優しいです。「こんなものにお金払う人居ないよ。そもそもあなたの作るものは売れるレベルじゃない」なんて本当のことは言いません。
そしてお客様に高いお金を払っていただくには力量が足りないことくらい、多分コンサル先生に相談している本人も分かってる。
分かってるから余計なことは言われたくない。間違っていると指摘されたくない。「そのままでも売り方がある。こうすれば売れるようになる」と言われて夢を見ていたい。
本気の修行はできないけれど簡単そうな努力(?)だったら私にもできそうって思ってるから。
そして同レベルの仲間とお互いを慰めあって「これでいいんだ」って思えれば、社会で認められない自分を惨めに思うことなく自信を持って生きていけるんですよね。
そうやって自分を騙して生きている。


ハンドメイドに限らず精神論ばかり言う起業コンサルとか再現性のない手法を教える色んなセミナーとか、まともな商売じゃないと言えばまともじゃないでしょう。
けれど、需要があるから成り立っている。求められるから存在している。
お金を払えば手に入る安易な満足と安心。コンサル先生方は顧客の求めているものを真面目に提供しているだけなのです。

だから耳が痛いことは聞きたくない読みたくない人たちは私のブログなんかも読まない。
私ももう余計なお世話はしないで、ただ見てるだけ。

そして私は私を騙さずに、粛々と自分の人生を生きるのです。

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