■貧困女子に学ぶ

先日子宮教を盛大にディスる記事を書きましたが、あれから「う〜ん。どうしてああいうものに引っかかっちゃうんだろうなぁ。女性に限らず、男性でも自己啓発セミナーとか変なものになけなしのお金をつぎ込んでしまう人って、『あなたは今そういうのにお金使ってる場合じゃないだろー!』という状況の人ばかりなんだよなぁ。というか、もう後が無い状況の人たち程借金してでもどんどんつぎ込んじゃうんだよな。」と考えていたところ、こんな本を見つけました。


沢木 文 小学館 2016-02-01
売り上げランキング : 7431
by ヨメレバ

内容紹介

なぜ、こんなに辛いの? 30代女子の本音 


社会的に注目されている貧困女子はシングルマザーなどが多かったが、ここにきて、短大や大学を卒業した30代女性たちが貧困状態に陥っていることが表面化してきた。街金での借金、親からのDV、男性への依存など、悲惨な現状はネットや雑誌でも話題になり、反響は大きい。学歴があるのに、なぜお金に困るのか、なぜ人生を捨てたような日常になってしまうのか。親や上司の世代には理解しがたい驚くべき現実、そして意外と共感できるという同世代の女性たち。社会問題としての貧困女子を浮き彫りにする。



普通の家庭に育って、子供から学生時代までは優秀でよい学校を卒業していたり、地元では評判の美人だったりしたのが、理想の生き方を求めているうちに気づけば貧困状態に陥ってしまっている女性達の体験談です。
女性誌「Suits WOMAN」で注目を集めたシリーズで、雑誌紙面の記事では淡々と取材対象者の現実が綴られているのだけれど、書籍化にあたっては取材した記者の主観が反映され感想も述べられています。


書籍の中で紹介されている「エピソード8〜美容マニアで年収400万円でも金欠」の中に、私が探していた答えを見つけました。
そのエピソードで紹介されているのは、「条件のいい相手と結婚がしたいから」という理由で、若々しい容姿を保つ為の美容に借金までして多額の費用をかけ、貧困状況に陥っている都内在住39歳の女性。


私が納得したのはこの下りです。↓

貧困状態にある女性と話していて感じるのは、美容にせよ、資格にせよ、〈今の自分を変える〉ことに、計画も無く投資する傾向があることがよくわかっているからだ。


例えば、以前に取材したシングルマザーの女性は、年収100万円で祖母の家に居候しているのに、保育士資格取得の為の通信教育に40万も支払っていた。ほかに取材した女性達も、フラワーアレンジメント講師資格(約80万)、スピリチュアル関連のセミナー(約50万~100万円)、ヨガインストラクターの資格(約50万円)、断食道場(約10万円)、歯列矯正(約200万円)、頭金ゼロでのマンション購入(約3000万円)、体質改善の為の健康食一式と専用炊飯器(約30万円)、浄水器(約50万円)、自己啓発セミナー(約50万円)など、 〈ここではないどこかに連れて行ってくれそうな何か〉に、中身がほとんど入っていない財布をバンバン開けてしまうのだ。


当然のことながら、それによって、家計は破綻し、二重三重の借金を抱えていく。貧困女子と言う年齢ではないが、生活保護すれすれのある60代は、がんを予防するというゲルマニウムの温熱器に30万円も払っていた。人間はどんなに貧しくとも、不安を解消してくれるものにお金を払うのだ。


なるほど。それが得体の知れないグッズ(ジェムリンガやメモリーオイル)に数万円、よく分からない内容のセミナーやセッションに何十万円もつぎ込む心理なのか。
そうと分かると理解出来なくはありません。程度の差こそあれ、人は仕事や生活に不安があるとき、パートナーとの関係につまづいて精神が不安定になってしまっている時に、冷静に考えたらありえないものに多額の浪費をしてしまう弱さを誰しも抱えているのではないでしょうか。


本が面白かったので本の元になった記事を探しました。
ネット版「Suits WOMAN」のサイトでは、書籍には紹介されていない貧困女子達の実例が沢山紹介されており、今日はそれを時間を忘れて読み耽ってしまいました。

記事一覧はこちらから→Suits WOMAN.jp 貧困女子

孤独と貧困に陥っていく女性達には、病的に見栄っ張りだという共通点があります。
今の自分の現実と現状を受け入れるという簡単な事が出来ないばかりに、少しずつ社会からズレていくのです。

中には、わずかながら貧困や不幸から抜け出て幸せを掴んだ女性達の記事もあります。
彼女達に共通するのは、「私に向いた仕事」を探すのではなく、プライドを捨てて目の前の小さなことからコツコツと取り組めたこと。「私にふさわしい生き方」へのこだわりを捨て、素直さをもてたこと。何より「私にふさわしい相手」を見つけようとするのではなく、身近な人を愛せたことです。