■色

去年の私は30代だった。今年は40代だ。
 去年まで私が鏡に見ていたのはもう若くない女の顔だったが、今私が見るのは老いようとしている女の顔である。

私は化粧に熱心ではないが、少し前からそれまで使っていたメイクアップ品の色が自分に似合わなくなっていることに気付き、気になっていた。
 

昨年の夏、大学時代からの友人と青山のレストランで昼食をとりながらお喋りに興じていると、話の腰を折って彼女が私の顔をまじまじと見た。

「由紀、さっきから気になってるんだけど目元の化粧が濃くなったんじゃないの?」

「いや。全然変わらないよ。ってゆーか、私はもう10年化粧品も化粧の仕方も変えてないから。 」

「何それ。ヤバいよ。」

と言って彼女は吹き出した。


私は化粧の流行に興味が無く、10年前に読んだ美容家の本で日本人には誰にでも無難に馴染む色としてテラコッタカラー(れんが色)のアイシャドーが紹介されており、化粧について工夫したり考えるのがめんどうな私は飽きもせずにずっとその色を使い続けていたのだ。

私は化粧を毎日する訳ではないので、10年前に買ったシャドーがまだ半分しか減っていなかった。 


そのアイシャドーを販売している化粧品メーカーは10年前に一世を風靡し、その頃に同じ友人と恵比寿でお茶を飲んでいた時には、

「由紀、そのシャドーの色すごく似合ってる。私も買おうかなぁ。」

と同じ口が言ったのにね。


私は当時と化粧品も買えてない。塗り方も分量も変えてない。
ただ思い当たるのは、あれから10年の月日を経て、私の顔は加齢により陰影が濃くなり、肌の色艶も褪せてしまっている事だ。
シャドーと色を合わせて買ったベージュの口紅だけは、流石にもう使っていなかった。2年ごとに同じ色を買い替えながら8年も使っていたのだが、38歳のある日、突然それまで似合っていたはずの色が最早自分に似合わず、顔色を悪く見せている事に気がついたからだった。 

ただその後どういう色を塗ればよいのか分からず、デパートやドラッグストアで気まぐれに買っては「何か違うなぁ。」としっくりこずに迷っていた。 


昨年はプロフィール写真撮影会を企画したことで、 プロのメイクさんに化粧して頂く機会が2度もあった。
他人に化粧してもらうのは思いがけず面白い体験で楽しかった。自分では絶対に使わない色を次々と顔に塗られていく。
1回目の撮影で私の顔に使用されたのはピンク系の明るい色ばかりだった。 
もう若くない肌を美しく見せる為、時間をかけてファンデーションを厚く塗込んだ化粧のままで家に帰ったら、見慣れない私の化粧の面(めん)に夫は顔をしかめていたが、至近距離で見ると違和感を感じるほどの厚塗りも、出来上がった写真では白く塗った顔と明るい色の化粧のおかげで随分と若く華やいで見えるのだった。


2回目の撮影のスタイリストさんは、目元にほとんど色を乗せない人だった。

「私は一重で地味な目をしているので、目元がもう少しハッキリするように化粧してもらえますか?」 

と注文を付けると、強めの色を塗ったり目元を濃い色で引き締めて強調するメイクはもう古いのだと言われて驚いた。メイクの流行なんて知らないのだ。
それに私の目はあまり色を乗せるとくぼみが目立ってしまうとも。なるほど、確かに私の目はもう何もしなくても影が出ているらしい。 

撮影会の後、私はメイクボックスの中の化粧品をいくつか捨ててしまった。 
平面的な顔に立体感をつける為に使っていたフェイスシャドーは捨て、それまで使っていたアイシャドーも捨てた。
代わりに薄く明るい色のアイシャドーのセットを買い直した。 


さて、口紅はどうしよう。
デパートで外資系の口紅を、撮影会で使ったようなピンク色に釣られて買ってみたら、あまりに臭くて長時間つけていられなかった。
口紅の香料のせいで食事がまずいのには参ってしまい、即座にゴミ箱行きにしてもったいなかった。やはり化粧は日本製の無香料に限る。

とりあえず間に合わせでドラッグストアで購入した、気に入ったような気に入らないような口紅を使っていたのだけれど、先週ある広告が目に留まった。

 


アテニア化粧品ねぇ…。

なんだか昔のアテニア化粧品と随分印象が違う。このブランドはファンケルがファンケルの化粧品ラインよりも高価格帯のブランドとしてリリースし、ブランド立ち上げ当初は20代のOL風人気モデルを起用して宣伝していたはずだった。
しかし、思うようにブランドの認知度も人気も販売も伸びずに低迷してファンケルのお荷物になっていたはずだ。へぇ〜、まだあったのか。


口紅1本1620円だって。やっす。 
っていうか高付加価値高価格のコンセプトは何処いったんだよ?
ブランド戦略に失敗してオバハン向けの化粧品ブランドになっちゃったの?


なんてせせら笑いながらも、40歳を過ぎて顔に大人の影とやらががさすようになった私はキャッチコピーが気になってしまった。

28


う〜ん、1本だけ。

ポチッ。


翌々日には届いた口紅を早速塗ってみたら、ベージュの口紅は久しぶりだけれど、血色が悪くならないように赤みが効いていて、何だか悪くないような気がする。

同梱されて来た500円のクーポン券があざといと思ったけれど、引っかかる事にしてクーポンを利用し次は口紅の10色入りパレット(410円)を買い、全色を試してから気に入った色を更に3色買い足し、結局合計で4本も買ってしまった。

しかも液状のチークまで。

image

だってこんなに沢山買ったのに合計で6千円そこそこなのだ。
高級化粧品なら1つか2つ何か買っただけで届きそうな値段だけれど。
10年前の私は横浜のデパートでうやうやしく売られている高い化粧品を買っていた。見栄っ張りだったのか今よりはオシャレに敏感だったのか、その心情はもう覚えていない。


今は出来るだけ余計なコストを抑える事で低価格に徹しているオバサン向けの化粧品を、パジャマ姿でコタツに入りながら通販で買っている。

そんな自分に何やらくつくつと笑えてくるのだった。