■私には霊感ナイってことにしてありますが

家にひとりで居て家事をする時は、いつも ただ何となく音楽を流しています。

聴いてる訳じゃありません。ただ流してます。

最後に熱心に音楽を耳を傾けていたのがいつだったか 、切ない歌声がふいに心の柔らかい部分に触れて、ハタハタと涙の粒が落ちるなんていう経験ができたのは何歳までのことだったのか、今ではサッパリ思い出せません。

音楽を聴く時に利用しているのはもっぱらApple Musicのストリーミング配信です。

150万曲以上から選べるとなると逆に選べず思考停止してしまうので、トップページに上がってくる歌を適当に流していることが多いのですが、子供時代を過ごした1980年代や、青春時代を過ごした1990年代の懐メロも邦楽洋楽を問わずに探して流します。

今日は1980年代アイドルのプレイリストを再生していたら、小学生時代に好きだったアイドルの歌がありました。


子供時代にぶっちぎりで一番好きだったアイドルは中森明菜ですが、彼女のことは2番目か3番目くらいに好きでした。

彼女がCMに出ていたお菓子を、よくスーパーで買って食べてました。
 
グリコのセシルチョコレートです。 


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そのCMソングが好きだったので、私は彼女がテレビで歌っている時ラジカセを近づけて録音しました。

音楽を聴くと言えばカセットテープの時代です。 


けれど、彼女はその後ほどなくしてビルから飛び降りて死んでしまいました。
人気アイドルの自殺は世間を騒がせ、ファンたちの後追い自殺が問題になりました。


彼女の投身自殺後、私はそのテープを聴かなくなりました。 

ですが、自殺から1年経ったか経たないかの頃に、ふと気まぐれを起こして再生してみたのです。元々はお気に入りの曲だったので、久しぶりに聴きたくなったのかもしれません。

懐かしい歌、懐かしい歌声。しかしどうも様子が変です。


歌声は次第に少しずつ音程が乱れ始めました。

歌に嗚咽が混ざり始め、声はさめざめと泣きながら歌っているようなのです。

やがて声は歌うことすらやめてしまいました。

曲は流れていますが、聞こえるのは「うっ…、うっ…。」という激しい嗚咽だけです。


それは春だったのでしょうか、初夏だったのでしょうか。
青空がまぶしく、部屋の中に居ても明るい日の午後だったことを覚えています。

もはや声は全く歌っていません。ただただ泣き声が聞こえてくるだけですが、それが起こったのが光の眩しい日中だったことで、私は怖さを感じませんでした。

私は現象を不気味には思いましたが、子供ながら声の主を憐れにも思い、きちんと最後まで聴いてあげることにしました。

しかし再生が終わった後、二度と再びそのテープをカセットデッキに入れようとは思えませんでした。


その後、テープが何処へ行ったのか分かりません。

それはただ失くなってしまいました。


iPhoneから流れてくる声は、もう泣いていません。
インターネット経由の歌声は機械的で、乱れる気配もありません。