■私の大学受験

お正月の不摂生と旅行の疲れで風邪を引いてしまい、咳き込んで眠れないので明け方一人ベッドを抜け出し漫画を読んでいました。

東村 アキコさんの「かくかくしかじか」です。

東村さんの自伝漫画で漫画大賞を受賞した作品だそうです。
美大受験を機にお世話になった画塾の先生との思い出を中心に、高校時代、大学時代、卒業後漫画かデビューに向けての道のりが描かれており、私は東村さんと同い年なので共感する点も多く、Kindleで次々にダウンロードして読み耽って(ふけって)しまいました。


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私の高校時代もこの漫画のようにほとんど毎日描いていました。
高校を卒業したらとにかく東京へ行きたくて、仲の良かった同学年の学生は皆揃って大阪か京都の美大を志望する中、私一人だけ東京の美大を受けたのです。


進学先は武蔵野美術大学短期学部生活デザイン科です。現在ムサ美に短期学部はもうありません。
第一志望は4年生の基礎デザイン学科の方でしたが、一次(学科試験)は余裕で突破したものの二次(実技試験)で落ち、滑り止めに受けた短期学部に入学したのです。 


高知みたいなド田舎に美大受験専用の河合塾(予備校)なんてありませんから、高校時代は私立中高校の美術教師の先生が開いていたアトリエにデッサンと色彩構成を習いに行きました。 

私の絵は下手でした。いえ、そのアトリエに通う私以外の生徒も大抵下手くそでした。

バリバリ指導してもらえるアトリエではなかったし、そこに通う生徒のほとんどは現役生。
美大は浪人が当たり前です。 デザイン科でも2浪3浪は普通、美術科は何なら5浪6浪でも当たり前と言う恐ろしい世界です。


人は年齢を重ねる程に表現力が向上します。
なので、デッサンや色彩構成を描く実技試験では圧倒的に浪人生がテクニックも表現も上手いのです。

けれど、私には勝算がありました。美大を受験するような学生は大抵筆記試験の勉強がおろそかです。特に 浪人生は高校を卒業して以来ろくに勉強していない受験生ばかりです。

受験科目は英語と国語のみ。幸いなことに英語、国語以外の成績は壊滅的でしたがその2教科だけは人並み以上によく出来ました。

特に国語は現代文だけなら全く勉強しなくても模擬試験で偏差値が70を越えており、模試で志望校を武蔵野美術大学と書く学生は全国に500人くらいしか居なかったけれど、大抵私が1番か2番だったのです。


実技試験に期待が出来なかった私は学科試験で点を稼いでどうにか滑り込む気で居り、そのため4年制の学部も滑り止めの短期も迷わず学科試験の配点が高い科を受験しました。
そうは言っても実技も完全に捨てる訳にはいきません。最低限の技術を身につけるために高校2年からはほとんど毎日アトリエに通って絵を描いていました。


■ブログは美大受験と同じだ 

下手でも絵を描くことは好きなはずでしたが、毎日描いているとある日急に描けなくなってしまうのです。 
一度描けなくなると、もう何をどう描いても線が決まらないし、色の合わせ方も何回塗り直しても変です。その状態で半月ぐらいがさらっと無意味に過ぎてしまいます。

その間はどう頑張ってもヒドイ絵しか描けないのですが、受験をさぼるわけにはいかず、とにかく描くしかないので画用紙を前にのろのろと筆を進めます。
そうやって苦悶すること数週間、描けない描けないとのたうっていたのが又ある日突然描けるようになります。

立ち直るきっかけが何かあったという訳ではありません。そもそも描けなくなるきっかけもよく分からないのです。

そうやって調子良く描けたり、描けなかったりの波が交互に来ながら、とにかく休むことだけはせずにアトリエには通い毎日描き続けるのです。

こうしてブログを書くのも美大受験と同じだなと思うようになりました。


毎日書くことを課題にしてはいますが、言葉が流れ出てすらすら書ける時と、パソコン画面を前に指が固まってしまい、文章を書いては削除してを繰り返し1行も進まない時があります。

書けなくなると2〜3週間は何も思い浮かばずろくな文章が書けません。

けれどその時期を過ぎると又自然に書けるようになります。

絵も文章も同じことなのだと気がつきました。


今日の午後はデハラユキノリさんの「本とフィギュア」展に行こうと思います。

出原さんは私が受験に通ったアトリエ(画塾)の1年先輩でした。


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