■エリ

帰れない女達part 2の続きです。 

ロンドンで何も得るものが無いままただズルズルと居着いて歳を取ってしまう女達は山ほど居ましたが、特に印象に残っている女性達の話をしましょう。


エリさんはロンドンで通った美術学校で知り合った、7歳年上の大人のお姉さんです。
美人という訳ではないけれど、腰まで揺れる長い髪が女らしく、朗らかで愛嬌があり、ふっくらとした頬や柔らかそうな身体から色気を感じる女性で、一緒に食事に行ったり遊びに行ったりと親しくしてもらいました。 

同性の私から見てもチャーミングな人でしたが、男性からもモテるけれど本人も男好きで、たまにしか会いませんでしたがいつ会っても男性問題をこじらせていました。 
なんだかそういうところも憎めず面白くて、学校が変わっても連絡を取りあっていたのです。


エリさんは日本でもどうやら社内恋愛のもつれから会社を辞めたようでしたが、ロンドンに来て語学学校から美術学校に入り(←ここで私と知り合った)、1年後日本に帰る予定だったのを変更して(←帰国予定を延期しはじめるとヤバい)、歴史の勉強をするからと別の学校へ行きました。


一体どこでどう知り合うのかイギリス人の男子高校生と遊んだり、日本人駐在員をたぶらかしたりと、その幅広い守備範囲と手腕には目を見張るものがありましたが、大学の研究室に留学中の妻子持ちアメリカ人と泥沼の不倫にはまり込んだ辺りから英語力は飛躍的に伸び発音が上達していましたね。
やはり英会話は恋人から学ぶのが一番の近道です。


そのアメリカ人を紹介したのは何を隠そう私です。

いや、だってまさかそんなことになるとは思わないから。


エリさんはよくも悪くも3高(高学歴、高収入、高身長)がもてはやされたバブル期に青春を過ごした女性でした。だから男性の立派な肩書きが大好物。

イギリスにはケンブリッジやオックスフォードを始め名のある大学が幾つもありますから、高学歴の男性達が世界各地から集まってきます。
優秀なビジネスマンもIELTSなどの英語検定試験を受けに世界中からやってきました。

イギリスの大学や研究機関に留学してくる日本人学生は東大、慶応、早稲田を卒業したり休学して留学してくる人が多かった印象です。
そこいらへんに居ました。


当時私がつき合っていたスイス人彼氏の友人で、国連に勤め始めた日本人男性がジュネーブからロンドンに遊びにくるというので、よければ一緒に夕食でもと誘われ、向こうがアメリカ人の友達を連れてくるというので、では私もと女友達を同伴することとなりエリさんを連れて行ったのです。

エリさんは「さ・し・す・せ・そ」(さすが、信じられない、すごい、そうなんですか)が上手でした。
自分の学歴や職種に自負のある男性はなんだかんだと言ってさしすせそを言ってもらうのがお好きです。

私は当時傲慢で気が利かない若い女で、男をおだてて持ち上げるという技を習得しておらず、男性の肩書きや学歴に「だから?」と言い放ち白けさせてしまうことしばしばでしたが、手練手管に長けたエリさんは男性をいい気分にさせてあげるのが上手でした。

自尊心の高いハイスペックな男性は私にはめんどくさかったので、「コイツめんどくせぇな。」と思うとすかさずエリさんを紹介していたものです。


エリさんが何を求めているのか、何がしたいのか私には分かりませんでした。

女心とは深淵です。


常に複数デートの相手がおり、知り合う男性全員に秋波を送らずには居られない人でしたが、その中の誰かを本気で好きだったのかは分かりません。
ただ、いつも誰かに愛されていたかったのかもしれません。何かを確認する為に。


私が先に帰国しましたが、最後に会った彼女は30歳の誕生日を迎えて、「私もう30よぉ。」と笑いながら嘆いていました。
まだクリスマスケーキ(クリスマスケーキは26日から大幅に値段が下がることに例えて25歳を過ぎた女性を揶揄する言葉)や大晦日(31歳が女性の結婚適齢期崖っぷちと揶揄する言葉)という言葉が平然と使われていた時代ですから、今の30歳とは胸に去来する思いが違ったことでしょう。

その時点で彼女はまだ学生でした。収入も無いのにいつまで学生を続けるつもりなのかも分かりませんでした。貯金や親からの仕送りにも限界があるはずです。

「大丈夫。エリさん、まだ若いですよ。」

と、私は言ったような気がします。
「早く帰った方がいいです。」とは言えませんでした。

今頃どうしているでしょう?